人間は仕事をしたがる生き物だ──ベーシックインカムを考える

利益や収益性の追求一辺倒の資本主義のおかげで、労働の目的や有用性に関するわたしたちの考えかたは歪められてしまった。それを変えるのがベーシックインカムだ。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
人間は仕事をしたがる生き物だ──ベーシックインカムを考える
Collage by Lia Kantrowitz | Images via Shutterstock

まず、ロボットに征服された世界を想像してほしい。

時は2049年。研究者によれば、AIが人間の作家よりも巧みにベストセラー小説を書けるようになる年だ。テクノロジーの進歩により運送、製造、小売業界は覆され、2020年の米国に存在している労働の半分を過去の遺物へと変えてしまった。

あなたは手術ロボットにより比較的軽い外来手術を済ませると、痛み止めの処方薬をもらいに薬局に向かう。そのとき乗っている車は自動運転でドライバーはいない。今や道を走る車はすべてそうだ。薬局では、機械のアームが調剤の棚から薬を選別し、分配し、正しい分量の薬を包んでくれる。それから薬局の自動レジの列で雑誌コーナーに目を通し、下世話なタブロイド紙を手に取る。紙面の記事のうちいくつかは、特に知能の高いAIが書いたものだ。

この自動化された世界で、人間が就ける職業はほとんど残っていない。とはいえ、専門家によれば、ロボット革命によりいつかの未来すべての仕事がロボットに取って代わられるとは考えられないという。しかしこのような〈ポスト・ワーク社会〉を想像してみると、自動化された未来が定着していくなかで、人間としての尊厳を保ちながら、自由を追求した21世紀のネオリベラリズムにより作られた資本主義のスープのなかでいかに溺れずにいるか、そして広がっていく格差や賃金の停滞にどう対処するかを考える有用なきっかけになる。

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仮説として、そのふたつの問題の解決策となり得るのが、ユニバーサルベーシックインカム(UBI)だ。UBIとは所得保障の意で、収入額にかかわらず、政府から直接一律の額をすべての国民へ配ることだ。

UBIの支持者は、UBIには尊厳と安全というふたつのメリットが備わっていると主張する。まず、社会保障制度における家父長制的な干渉なしに直接現金を受け取れれば、各人が自分の将来にどう投資するかを決める自由を得られる。また、全国で最低所得を設定することで、業界全体を脅かす民営化や技術の旧式化から、労働者が少なくとも何らかのかたちで保護されることを保証できる。

今年の米国大統領選挙に向け民主党から出馬し、2月に辞退を表明したアンドリュー・ヤンは、〈フリーダム・ディビデント(Freedom Dividend)〉という、国民に毎月1000ドル(約10万円)を支給する政策を選挙キャンペーンでの中心理念として掲げ、UBIを世論のメインストリームに押し上げる一助となった。しかし実際、UBIの考えは何世紀も前から、正確にいえば16世紀から存在している(英国の思想家トマス・モアが、社会政治を風刺した1516年の著作『ユートピア』で最低生活保障について軽く触れている)。この考えについては、ケニアからインド、オランダ、アラスカまで、世界中でさまざまな実験がされており、現在はカリフォルニア州ストックトン市で検証実験中だ。

「UBIの調査、実験を支援するネットワーク」である〈Economic Security Project〉の共同創設者/共同会長のナタリー・フォスターは、利益や収益性の追求一辺倒の資本主義のおかげで、労働の目的や有用性に関するわたしたちの考えかたが歪められてしまったと語る。また彼女によれば、社会契約におけるもっとも価値のある役割は無給、または過小評価されているという。

利益や収益性の追求一辺倒の資本主義のおかげで、労働の目的や有用性に関するわたしたちの考えかたが歪められてしまった。また、社会契約におけるもっとも価値のある役割は無給、または過小評価されている。

「国は、障碍をもつ家族の介護をするために家にいることを労働だとは認めません。それっておかしいですよね」とフォスター氏は指摘する。「私たちは、労働というものの認識を広げていかないといけません。そして私は、その一助となるのがUBIだと考えています」

しかし、労働の定義にまつわる議論は、意味論だけでは済まない。現在の米国の富裕層と貧困層のあいだにある差は、米国国勢調査局が50年前に資産に関するデータを取り始めて以来、最大の値を記録しており、もし緊急事態が起きて医療費400ドル(約4万3000円)がかかってしまった場合、支払えないと答えた米国人は40%に及ぶ。フォスター氏によれば、UBIは「国民の懐にお金を返すことで経済のバランスを調整する、そのためのひとつの方法」だという。そしてそれは、長いこと自らの尊厳を削り取られ続けてきた米国の労働者たちに矜持を与えることにもなる。

「UBIの力とは、自分がどんな人間で何をしていようと、毎月収入が入ってきて、家賃や子育て費、車両維持費の助けになり、さらに仕事でさらなるリスクを選択できたり、好きじゃない仕事を離れたり、生きるために続けていた副業や兼業を辞められることです」とフォスター氏は語る。

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注目すべきは、UBIがあるからといって労働の必要性は消えない、ということだ。そもそも、これまで提案されてきたような月1000ドルだと、米国全土で実施するプログラムだとしたら金銭的に実現不可能な額だとされており、しかも米国の都市部でやっていくにはとても足りない。ただ、UBIは、労働について、そして仕事において自尊心というものがどういう役割を担っているかについての見解に抜本的な変革を要求する。

UBIを導入すれば、労働者に金銭的な安心感が生まれ、彼らはやりたくない仕事を拒否したり、家族や愛するひととの時間を割いてやっていた副業、兼業をしなくて済むようになる。

たとえば、UBIを導入すれば、労働者に金銭的な安心感が生まれ、彼らはやりたくない仕事を拒否したり、家族や愛するひととの時間を割いてやっていた副業、兼業をしなくて済むようになる。かつて〈Service Employees International Union(サービス従業員国際労働組合:SEIU)〉の元組合長、アンディ・スターンがUBIについて「ナショナルストライキのための資金」と言及したが、生きていくためのお金を稼ぐために仕事に戻る、という必要がなくなるので、ストライキによる交渉力を効果的に生み出すことができる。

UBIにより労働の必要性がまったく無くなるわけではないが、専門家によればそれは最初に触れる必要があるほど大した問題ではない。なぜなら人間は労働をしたがるからだ。その理由のひとつとして、人間の社会的価値の多くが仕事に根ざしていることが挙げられる。

ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)で労働市場経済学を研究する助教、イオアナ・マリネスクによれば、研究により、UBIは人間の働く意欲にほぼ、あるいはまったく影響を及ぼさないことがわかっている。その例として、彼女は宝くじの高額当選者に言及した。高額当選者は当選金を分割払いで受け取ることが多く、それはUBIの支給と近いという。

「米国でもスウェーデンでも、多くの当選者は当選前からやっていた仕事を続けていますが、気持ち的には余裕が生まれています。大体、仕事をしながらたまに休暇を取り、経済的により安定していると感じることができる。それが要点なんです」とマリネスク氏は語る。「おそらく経済的な安心感を得られるという事実以外、大きな変化はないでしょう」

1974年から4年間、カナダのマニトバ州ドーフィンという小さな町で、有名なベーシックインカムの社会実験が実施された。それから約30年経ってから、マニトバ大学コミュニティ・ヘルスサイエンス部(Department of Community Health Sciences at the University of Manitoba)の教授で、ヘルス・エコノミストであるイブリン・フォゲットが、UBIで労働の必要性がなくなるという神話の否定を試みた。

フォゲット教授によれば、〈MINCOME〉と呼ばれるそのパイロットプログラムでは、UBIを受け取ったひとたちがそれをきっかけに仕事を減らすようになるのか、それとも完全に辞めるのか、という疑問が研究者たちの当初の関心事だった。フォゲット氏によれば、ドーフィンの住民のうち仕事を辞めた割合が多かったのは、仕事を辞めて専業主婦の期間を延ばし、子どもと過ごす時間を増やそうと決めた、乳幼児を抱えた母親と〈縛られていない男性(unattached males)〉(結婚しておらず子どももいない若い男性)という2つのグループだけだったという。

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若い男性が仕事を減らした事実は、「私たちが抱きがちなステレオタイプに合致します。すなわち、UBIを得ると、若い男性は彼らが担う責任から逃げてしまう、というステレオタイプです」とフォゲット氏は語る。しかし数年後、仕事を辞めた〈縛られていない男性〉たちのその後を追跡し、より深く分析してみると、フォゲット氏がもともと推察していたような結果が得られた。実はUBIは、〈縛られていない男性〉たちが「16歳で学校を中退し、農業や製造業で仕事に就く」代わりに、より長く学校へ通うため、彼らの家族の経済的な支えとなっていたのだ。ドーフィンに暮らすひとびとは労働者が多く、若い男性の多くが苦しい家計を支えるために否応無しに学校を辞めて働く必要に迫られていた。

「なかには、学校に残り、卒業して大学へ通ったひとたちもいます」とフォゲット氏は明らかにする。「仕事を辞める、辞めないの話をするならば、確かにUBIを得てから働かなくなったひとたちはいます。でもそれは単に、より長く高校に残るためだったんです」

健康とウェルビーイング(幸福)の決定要素となるのは、往々にして教育だ、とフォゲット氏は指摘する。教育を受ける期間が長ければ長いほど、いかなる年齢においても健康である確率は高まる。UBIが若い男性によりよい教育の機会への道を開くだけではない。フォゲット氏の医療制度データの分析によれば、UBIを支給された住民全体で、事故、ケガ、そして不安障害やうつなどメンタルヘルスの問題で医療機関にかかったひとは、適合対照群と比較して8.5%少なかったことが判明した。

米国の研究者も、雇用不安とメンタルヘルスとの関係性について調査を進め、そして米国において昨今急増している自殺、薬物の過剰摂取、アルコール関連の〈絶望死〉の主な原因が経済的な困窮状態であることを突き止めた。

しかし、より質の高い仕事を生み出すことだけではロボット支配下の未来が実現したさいの痛みを避けるには不充分であるのと同様、UBIの導入も、国全体のメンタルヘルスの改善、そして苦境に陥った米国の労働者たちに再び活力を与えるためには不充分だ。

「人間は誰しも、食卓に食べ物を並べることができるべきであると同時に、自分で選択をし、自分の夢を追うこともできるべきなんです。どちらも大事です」とフォスター氏は強調する。「『労働者にはパンが必要だが、バラも必要だ』(※ローズ・シュナイダーマンの言葉)という言葉を思い出しますね。私たちには、両方が必要なんです」

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This article originally appeared on VICE US.