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200年前のベートーヴェンの毛髪をゲノム解析した結果

Beethoven's DNA Has Been Analyzed After 200 Years From Locks of Hair

およそ200年の時を経て、研究者たちがベートーヴェンのゲノムを解析した。使用したのは彼の毛髪。その結果、この作曲家をむしばんでいた健康問題の理解が深まった。

解析によると、彼の難聴、および彼をしばしば苦しめた胃の不調、どちらの原因も遺伝的なものではなかった。しかし彼を死に至らしめた肝臓の疾患については遺伝的な根拠があり、それに拍車をかけたのが長引いたB型肝炎だったと考えられる。

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研究者によるゲノム解析と家系図の復元で明らかになった事実のなかでさらに驚くべきは、ベートーヴェンの父方の誰かが婚外子をもうけていることだ。それは彼の父親だったかもしれず、つまりベートーヴェンが​​非嫡出子だった可能性があることになる。

この研究は、1802年の文書に残されたベートーヴェン本人の要望から着想を得た。その要望とは、自身の難聴の原因について医師が調査し、その結果を世間に公開してくれ、というものだ。今回の研究は今年3月22日、学術誌『Current Biology』に掲載された。

ベートーヴェンの抱えていた健康問題のうち、もっとも有名なものは難聴だろう。それにより彼は自身の殻に閉じこもるようになり、自殺まで考えるに至る。しかし彼はまた、上腹部、下腹部の痛み、また消化器官の問題を発端とした極度の衰弱、さらに肝臓の機能低下と外傷からくる黄疸にも悩まされていた。

ベートーヴェンの健康状態については、これまでも主に彼が書いた手紙や日記、彼の主治医が書き残した記録、彼の検死報告書などから、病歴研究者たちが調査してきた。彼の毛髪や頭蓋骨の一部を化学分析した者もいる。なお、そのサンプルの一部は偽物だったとされている。

「ベートーヴェンは非常に珍しい存在だと言えます。なぜなら、彼の健康問題について大量の文献が残っているからです。分子遺伝学的手法を用いることでそれに何らかのものを加えることができるチャンスというのはそうありません」と記者会見で語ったのは本研究の共同著者である遺伝学者、ドイツ・ボン大学のマークス・ネーサン(Markus Nöthen)博士だ。

この研究では、ベートーヴェンの毛髪8房(全長約3メートル)のDNAが解析された。研究者たちはその毛髪を長年管理していた人々の追跡調査や履歴調査、またサンプルの年数とダメージが一致するかなどDNA自体の特徴を精査することで、そのうち5房が本物であると確認した。

研究者たちはベートーヴェンの難聴および胃腸の問題と結びつく遺伝的な要素を見つけることはできなかった。しかしだからといって、遺伝的要因を全く否定するわけではない。

「古い骨と違い、古い毛髪は激しく劣化します。そのため私たちが得られたのはDNAの非常に短い断片のみです」と記者会見で説明したのは、同じく共同著者で、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のヨハネス・クラウゼ(Johannes Krause)博士だ。つまり彼らのチームは全ゲノムの配列情報を手に入れることができず、解析では特定の遺伝子変異を見つけるに至らなかった。「毛髪からゲノムを構成するのに充分な量のDNAを採取するのはかなり困難です」とクラウゼ博士は語る。

つまり、かの有名なベートーヴェンの難聴をめぐるさまざまな説の可能性はついえていない。そのひとつが耳硬化症だ。中耳で海綿状の変性が生じて、耳小骨の振動を妨げる。もうひとつは骨パジェット病。耳小骨がもろくなる。

それらの疾患、そして可能性がある他の疾患の多くには遺伝的な側面があると考えられる。しかし本研究の共同著者で、マックス・プランク人類史科学研究所の自然人類学博士課程に在籍するトリスタン・ベッグ(Tristan Begg)は、その説を検証することはできなかったと述べる。「ベートーヴェンの耳硬化症のリスクを評価するための充分なリファレンスデータがありませんでした。しかし、耳硬化症の診断の正確度は高くはないということは強調させてください。つまりいずれにせよ始まりにすぎなかっただろうということです」

一方チームは、ベートーヴェンの遺伝子に肝疾患にかかりやすい傾向があることを突き止めた。また、毛髪内にB型肝炎ウイルスのDNAの断片を検出した。「つまり、彼は少なくとも死の直前の数か月間にB型肝炎に感染していたということです。あるいはもっと前かもしれません」とクラウゼ博士は述べる。

研究者たちはそれらの情報を総合し、ベートーヴェンの肝疾患は遺伝的要素に加え、文書として記録に残っている、長期にわたるアルコール依存症、そしてB型肝炎ウイルス(性交渉を介して、もしくは注射針の使い回しや分娩時に感染するウイルスだが、ベートーヴェンがどのように感染したかは定かになっていない)が組み合わさったものではないかと考えている。

聴覚学を専門とする医学博士で、この研究には参加していないダヴィデ・ブロット(Davide Brotto)博士は本研究について、かつて彼のチームが論文において発表した、ベートーヴェンのさまざまな健康問題には肝臓が関与しているという推測を裏付けるものだ、とMOTHERBOARDに語る。「ベートーヴェンは遺伝的に脆弱で肝臓も強くなく、それが飲酒習慣によりさらに悪化してしまったと私は理解しています。これで胃腸の不調および難聴、そして問題行動も説明できます」

もちろん、研究者たちがベートーヴェンの健康問題について探れることには限界がある。「医学における大きな問題は、症状の主観的な認識です。それが医師の理解を困難にします」とブロット博士は語る。ベートーヴェンの抱えていた疾患について、ブロット博士のチームは史料や彼と医師とのあいだで交わされた手紙を根拠としているが、「それらの記録には彼の精神状態や適切な診断が下されないことに対するフラストレーション、また彼が生きていた時代の医学的知識の限界により偏りが生じている可能性がある」とブルーノ博士は指摘する。

また、この研究では手紙には記載されていないことも発見された。婉曲的に「父方婚外事象」と表現されている事実だ。この発見は、ベートーヴェンの家系に属する存命の子孫5名のY染色体を分析して明らかになった。その遺伝子は16世紀に生きていた先祖にまで遡ることができるが、研究チームが比較したところによると、その5名のY染色体とベートーヴェンのY染色体は一致しなかった。つまり、16世紀の先祖とベートーヴェンの誕生までの7代のあいだのどこかで誰かが婚外交渉を行い、その結果子供が誕生しているということになる。「そういった事象は記録されるとは限りません。本質的に秘密にされることでしょうから」とベッグは語る。

ベッグのチームは断定はしないものの、それがベートーヴェンの父親だった可能性もある。「歴史的記録に対し不可知論的な立場で、ベートーヴェンの前の7世代のどこかで父方婚外事象が起こったことがわかっているとしたら、ベートーヴェン自身が非嫡出子であった可能性を排除することはできません」とベッグ。「私はその説を主張するわけではありません。ただ、可能性のひとつではあるということです」