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Collage: Cath Virginia | Photos: via Getty

Z世代が卵子凍結に夢中なワケ

TikTokでは25歳以下に卵子凍結を勧めるユーザーが尽きない。
Cathryn Virginia
illustrated by Cathryn Virginia
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translated by Nozomi Otaki

もし将来の自分に何かをプレゼントできるとしたら、あなたはどんなものを選ぶだろうか。家? それとも猫? もっと漠然としたもの、例えば心の平和なんかはどうだろう。つまり、子どもをもつことについて考える前に、キャリア形成やパートナー選びの時間をたっぷり確保できる、という安心感だ。このような心の平和こそが、今多くの若者が卵子凍結への投資を通して、未来の自分にプレゼントしているものだ。

英国受精・胚研究認可庁(Human Fertilisation and Embryology Authority: HFEA)の新たなレポートによれば、卵子凍結をする女性は過去最多を記録している。2019年から2021年にかけて卵子凍結は60%増加し、その原因の一部はパンデミックにあると同庁は考えている。過去のデータによれば、凍結技術の改善によって、2013年から2018年にかけては523%増加したという。この動きは、米国生殖医学会(American Society for Reproductive Medicine)が2012年に卵子凍結のプロセスから〈実験的〉というレッテルを取り去ったことにも由来する。卵子凍結保存(oocyte cryopreservation:卵子凍結の専門用語)は80年代に開発された技術で、元々は重病を抱える人びとがその後の人生で子どもをもちたいと思ったときのための選択肢だった。

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現在英国の卵子凍結の平均年齢は37歳だが、生殖機能の老化や妊孕性温存療法をめぐる議論が飛び交うなか、25歳以下で卵子凍結に踏み切る若い女性が増えている。

TikTokのハッシュタグ〈#EggFreezing(卵子凍結)〉の閲覧回数は現時点で7500万回を超え、多くの若いユーザーが生物学的な〈全盛期〉に卵子凍結技術を享受している。トロントの大学院生シャナイア・ボパ(Shania Bhopa)は、25歳で卵子凍結を決めたことについて動画を制作した。「キャリアにおける目標に近づくための時間稼ぎとして(卵子凍結を)した」と彼女は動画で語る。「だからいつかは、超計画的に母親としての時間を過ごせるはず」。彼女はビジネス拡大のために人生のスケジュールをコントロールしたい、と語る。

卵子凍結を決意した他の若いユーザーは、「心の平和」に言及する。メルボルンを拠点とするコメディアン、サマンサ・アンドリュー(Samantha Andrew)は、トランスのパートナーが25歳で卵子凍結を決意するに至るまでをTikTokの動画に収めた。ボパとアンドリューの状況は異なるが、彼女たちの思考には共通点がある。それは、卵子凍結によって自分の体のタイムリミットに向き合うプレッシャーを一時停止させられる、ということだ。

もちろん、卵子凍結という選択肢を選ばざるを得ない若い女性もいる。カディジャ・ブルックス=サザーランド(Khadejah Brooks-Sutherland)が初めて体の異変に気づいたのは、2022年の夏だった。顔に赤い吹き出物が大量にでき、体が膨張し始めた。彼女はまだ22歳だったので、かかりつけ医は単なるホルモンバランスの乱れだろうと予想したが、その後紹介された病院ではわずか数時間でステージ3の乳がんと診断された。

がんの診断を受けたちょうど1ヶ月後、ブルックス=サザーランドは卵子を採取した。まもなく彼女が始める化学療法は、女性の卵巣予備能を低下させ、場合によっては妊娠が不可能になることもある。彼女は35個の卵子(1回の平均採卵数は7〜14個)を凍結することに成功した。

「医者は『これはあくまでも代替案だ』と言い続けていました」と彼女はバーミンガムの実家からVICEに語った。「ですが、あまりにも突然の出来事でした。私はまだ22歳で、子どもや家族をもつことなんて考えたこともなかったのですから」

ロンドンのライター、ローレン・カニンガム(Lauren Cunningham)は23歳のとき、子宮腺筋症──子宮の肥大や過多月経などを引き起こす婦人科疾患──であることがわかった。婦人科医に30歳までに子どもをもつことを勧められ、将来のための保険として卵子凍結という選択肢があることを知る。彼女がフリーランスの執筆で貯めたお金で卵子凍結を決めたのは、24歳のときだった。

医学的な必要性からZ世代の多くの女性が卵子凍結を選ぶのは、確かに道理にかなっている。女性は毎月平均1000個の卵子を失い、30歳になるまでに卵子提供の9割を失う。2019年には、卵子凍結を受けた人びとの3人にひとりが35歳未満だった。「当院で卵子凍結をする患者の平均年齢は、年々低下し続けています」と不妊治療専門家のセレナ・チェン(Serena Chen)医師はVICEに説明した。

「染色体異常のある卵子の個数は、30代よりも20代のほうが圧倒的に少ないです」と彼女は続ける。「40代になる頃には卵子や胚の大半に染色体異常が見られるようになるため、若いうちに凍結すれば、リスクを大幅に下げることができます」

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英国において、第1子出生時の母の平均年齢は70年代から増加の一途をたどっていて、現在は過去最高の30.9歳だ。いわゆる〈全盛期〉の卵子凍結を、医師たちは「妊孕性温存」と呼ぶ。個人の性と生殖に関する健康の変化を一時停止させる、まるで神のなせる御業だ。

しかし、25歳以下の卵子凍結にもリスクがないわけではない。医学雑誌『Canadian Medical Association Journal』は次のように説明する。「卵子凍結保存の施術には卵巣のホルモン刺激が含まれ、その後女性の受精可能な卵子の経膣採取や凍結、保存を伴う」。卵胞の発育を促進し、可能な限り多くの排卵を誘発するため、対象者は1日に2度性腺刺激ホルモンを自ら注射する。その結果、卵巣が過剰に刺激され、卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome: OHSS)になる場合もある。体外受精や卵子凍結のサイクルにおけるOHSSの発症頻度は、全体の5%程度だ。 

「年齢が若い場合、卵子の採取数を増やすと、施術による合併症のリスクが高まることがあります」とチェン医師は語り、特に25歳以下はOHSSを発症する可能性が高いと指摘した。

カニンガムは年齢のため、施術のさい最高リスクの患者に分類された。「年が若く痩せているほど、卵巣が過剰に刺激されるリスクが高まるといわれました」と彼女はいう。「万全を期すために、通常よりも多く検査を受けなければいけませんでした」。卵子採取のプロセスの間、彼女はCTスキャンと尿検査を2日おきに、そして血液検査を週に2回受けていた。

卵子採取の2日前、ブルックス=サザーランドは卵巣に「厄介な問題」があると告げられた。彼女もOHSSを発症していて、体が「オーバードライブ」状態になったために緊急手術を受けた。

さらに、この施術はホルモンの増加による副作用としてメンタルヘルスのリスクも伴う。「若いときは元からホルモン値が高いです」とカニンガムは続ける。「それに加えてさらにホルモンの分泌量が増えたことで、ひどいうつ状態になりました。あんな体験は初めてで、何が起きているのかもわかりませんでした。メンタルへの影響については何も聞かされていなかったので」

ブルックス=サザーランドが診断された乳がんは、ホルモン感受性陽性だった。つまり、エストロゲンとプロゲステロンによってがんが悪化するということだ。それに加え、彼女はホルモンによる情緒不安定にも苦しんだ。「卵子凍結のために既にホルモン値がとても高い状態だったのに、そこにがん治療も加わったので、わたしのホルモンの状態はめちゃくちゃになりました」と彼女は語る。「施術中はずっと情緒不安定で、泣いてばかりいました。気持ちがとても不安定で、何もかもが心配でたまりませんでした」

さらに、卵子凍結には金銭的な制限もある。施術の費用は1回の卵子凍結サイクルにつき2720〜3920ポンド(約50〜72万円)で、平均コストは3350ポンド(約61万円)だ。一方、2022年の英国の18〜21歳の平均週給はたったの402ポンド(約7万4000円)で、22〜29歳は546ポンド(約10万円)だった。

「卵子凍結は一時停止ボタンのようなもので、特権でもあります」とチェン医師は説明する。「あらゆる若い女性が希望さえすればこの選択肢を利用できるようにしたいですが、費用が高額なため、アクセスしづらいのが現状です」

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しかし、コストの問題以前に、施術の信頼性にも疑問が残る。どの製薬会社も排卵誘発剤の長期的な影響に関する研究を実施しておらず、批評家は医学的にも不明点の多い施術として、卵子凍結産業に疑問を呈している。ひとつ確かなのは、成功率はそこまで高くないということだ。英国受精・胚研究認可庁の2018年の研究によれば、患者自身の凍結した卵子が正常出産につながる確率は、ひとサイクルにつきわずか18%だった。

2023年4月21日、ブルックス=サザーランドは歴史教員の養成課程に復帰することを願って、4ヶ月間の化学療法を終えた。彼女はいつか──自然妊娠でも凍結した卵子を使用してでも──家庭を持つ予定だ。カニンガムは、あくまでも妊娠に関してだけだが、家庭を持つことへの不安というプレッシャーが軽減されたことに安堵したという。

「現代の生活はあまりも忙しなく混沌としているので、何もかもが難しく感じられます」とカニンガムは語る。「卵子凍結は、少なくともそのうちのひとつを楽にしてくれることを願っています」

@_naomimay