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現地ジャーナリストがドゥテルテ麻薬戦争の現場を語る

6,000人以上もの死者を数える、フィリピン、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領による麻薬戦争。大統領は、犯罪に対する断固たる姿勢で国民の支持を集め、犯罪者10万人の死体をマニラ湾に投棄して〈魚の餌〉にする、と公約を掲げて選挙運動を戦った。そして、2016年6月の選挙に勝利して以来、ドゥテルテ大統領は、公約の実現に着手した。

フィリピンの現状を知るために、数多の受賞を経験した現地の写真家ジェス・アスナール(Jes Aznar)に、殺害の特徴、詳細を報じるジャーナリストの活動について話をきいた。

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取材当時、アスナールは、昼夜逆転の取材生活を5ヶ月も続ていた。昼間に睡眠をとるのは、夜中にマニラのストリートで発生する殺人を取材するためだ。アスナールが撮影した麻薬戦争とその痕跡は、ニューヨーク・タイムズゲッティシュピーゲルに掲載されている。

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具体的に、どのような取材をされているのですか? 警察を追いかけたり、コミュニティを訪れたりしているのですか?

基本は、マニラ市最大のマニラ警察の記者クラブ内にこもっています。そこには、溜まり場になるプレス・オフィスがあり、地元ジャーナリスト、海外ジャーナリスト、カメラマンなどが待機しています。しかし、警察の捜査に同行するチャンスはほとんどありません。警察は、捜査中のメディア同伴をいっさい許していません。「安全面を考慮して」など、様々な理由だそうですが、警察は、捜査内容が洩れ、安全を脅かされるのを恐れています。メディアが捜査中の取材を許された例を知りません。ですから、事後の現場…死体の発見現場、銃撃戦の現場を後から取材するだけです。情報は葬儀業者から仕入れるのですが、いつも重宝しています。彼らは、麻薬関連の死者がでれば、死体を回収するのが仕事ですから、「この地域に死体がある。これから回収に向かう予定だ」と電話やメールで連絡してくれます。

2016年8月17日、マニラでのおとり捜査で警察に殺害されたポール・レスター・ ロレンソ(32)の死体を積み込む検視官. 殺害前、近所で警察に手錠をかけられたロレンソが目撃されていたと、内縁の妻 アイリーン・フェレール (32)は主張している。Photo by Jes Aznar

大勢の遺族や親戚などを取材されていますが、特別なエピソードがあったら教えてください。

ほとんどいつもそうですが、家族の誰かが殺された直後、遺族は感情的になっていますから、皆、話したがりません。翌日、再び遺族を訪問してインタビューします。遺族の気持ちを尊重するよう努めます。実際に殺された瞬間を目撃している遺族は、特に気をつけなければなりません。もちろん、インタビューはしますが、些細な質問します。名前を聞いたり、再訪の確認などだけです。この時点では、感情的になりすぎないよう、とにかく遺族の気持ちを尊重します。大変な出来事が起きたのですから。

衝撃を受けたエピソードをひとつだけ選ぶのは難しいですね。なぜなら、毎晩起こる全ての事件に衝撃を受けているからです。殺人事件に順位はつけられません。2016年6月以降、取材すべき殺人は、毎晩平均で10件発生しています。これまでに何人死に、どれだけの犯罪現場があったか想像がつくでしょう。そのなかでも特に印象に残るのは、あっけなく誰かが殺害される事件です。身分証明書も識別票もなく、ただ路上に転がっている犠牲者を絶えず目撃しています。被害者は包装用テープで巻かれています。顔はテープ、両手は結ばれ、縛られています。こうやって新たな身元不明遺体が増えていきます。殺されたのは人間なんですよ。殺害され、身元が判明するチャンスも、尊厳すらないのです。動物のようにうち捨てられ、全く人間扱いされていません。そういうときは非常に悲しくなります。心が掻き乱されます。自分はあんな風に死にたくない。誰もあんな風になりたくないでしょう。

2016年8月17日、マニラ市で警察との銃撃戦の末、息絶えた麻薬容疑者の手元に転がる39口径リボルバー. Photo by Jes Aznar

過去5カ月で、そのような事件、または殺人事件に何件立ち会いましたか?

よく覚えていません。おそらく数十件でしょう。

ドゥテルテ大統領は、麻薬戦争の停戦を発表しました。実現する見込みはあるのでしょうか?

ええ、確かに停止するでしょう。しかし発表された内容と、実際に起こっている事件、行動は異なっています。停戦状態だ、といっていますが、未だに続いています。警察は表現を変えたのです。例えば先日の夜、数名が殺害される事件があったのですが、警察は、麻薬がらみの事件ではない、自動車泥棒や他の犯罪だ、と発表しているのです。

通常、殺人はどのように実行されていますか? バイクに乗った正体不明の誰かが殺害するのですか?

様々な方法で遂行されます。仰る通り、バイク2ケツのヒットマンもいます。バイクを止め、至近距離から射殺します。犯行の数日前に殺害対象を確認し、行動パターンを調査する正体不明の男たちが、地域をうろつくのが目撃されたりします。他には、目出し帽をかぶった男数十人がコミュニティを襲撃し、家に押し入り、特定の対象を殺害したケースもあります。昨年、ドゥテルテ大統領が作戦停止を発表する以前は、警察も似たような合法的捜査をしていました。ある地域に出向き、「どこそこのあの家に麻薬使用者がいる、売人がいる、証拠はある」と主張します。そして、ある人物を逮捕します。逮捕から2時間後、ある人物は死亡した、と警察は発表します。容疑者が逃亡を企てた、銃を奪おうとした、といった理由です。この種の事件は数百例あります。

更に、ある人物が行方不明になるケースもあります。どこにいるのか、誰に誘拐されたのか、全く分りません。そして数日後、どこかで転がっている死体が発見されるんです。

タタロンの暗い路地で遺体袋に収納された息子を確認後、妻アルマをなだめるネスタ―・ハルバノ。ふたりは、不法薬物捜査中に警察に射殺されたリチャード・ハルバノ(32)の両親である. 現場警官の報告によると、リチャードはマリファナを吸引中に、他3名と共に射殺された。Photo by Jes Aznar

いきなり誰かがコミュニティから姿を消し、誰も何が起こったのか分からず、数日後、死体で発見されるのですか?

そうです。どこかの裏路地で〈密売人〉〈麻薬中毒〉などと書かれた厚紙を貼り付けられた死体が発見されます。この国では、誰かが憎たらしかったら、誘拐して殺害し、〈密売人〉と書いた厚紙を添えるんです。そうすれば、捜査されません。

フィリピン軍が警察から権限を得て、麻薬戦争に参戦するようですが、これにより、大きな変化はあるでしょうか?

はい。状況は大きく変化するでしょう。フィリピン軍は、軍事組織です。フィリピン国家警察は文民組織で、コミュニティの平和と秩序維持が職務です。文民の仕事で軍隊は動かせません。この国では、これまで、軍による数多の残虐行為がありました。フェルディナンド・マルコス(Ferdinand Marcos)政権時代の戒厳令、コラソン・アキノ(Corazón Aquino)時代、更にその後の大統領時代も、軍の残虐行為は後を絶ちません。軍は人権を侵害すると私たちはわかっていますから、麻薬戦争に軍が参加したら何が起こるのかは明らかです。

具体的にどのような変化があると思いますか?

軍は、国中で存在感を放っていますから、大統領の命令は地方にも届くでしょう。遠く離れた村々、山間部でも麻薬戦争になる可能性があります。田舎、農場、とにかくあらゆるところです。殺人は、都市部に限定されなくなります。あくまで個人的な見解ですが。

フィリピン国内のドゥテルテ大領領の支持率が相変わらず高いのは、どうしてでしょう? 他国民としては信じられません。

べつに私は驚きません。国民は、フィリピンの現状に、本当にうんざりしています。前政権の国家運営、経済状況、ますます貧しくなる貧困層、全てを支配する少数の富裕層、すべてにうんざりしているんです。もう飽き飽きしていたので、伝統的な政治家一族出身でない大統領が選ばれたのです。国民は、ドゥテルテ大統領に希望を見出しているのでしょう。

ドゥテルテ大統領はそれに答えているのでしょうか? 政権が変わってからの雰囲気はどうでしょうか?

そうですね、閣僚たちは本当によく働いています。貧困者、農民のためのプログラムに勤しんでいます。環境大臣は、現実に環境を破壊している鉱山会社を閉鎖させました。一概に、政府を非難はできません。

あなたや同僚、つまりジャーナリストにとっての環境はどうでしょう?

まずいっておきたいのですが、今のフィリピンはジャーナリストにとって、世界有数の危険な国です。シリアに次ぐ危険度かもしれません。毎週、ジャーナリストが平均2名も殺されています。ただ、今の所、麻薬戦争取材中のジャーナリストが殺害された、という報告はありません。しかし、SNSを覗けば、ジャーナリストがいかに邪険にされ、危害を加えられているかわかるでしょう。ドゥテルテ大統領本人、彼の政策に批判的な記事を新聞が掲載すれば、「この記事は嘘だ。噂を広めているだけだ。反対派に雇われているのだ」と即座に、機械的に反応する人たちもいます。ニューヨーク・タイムズでさえ、反ドゥテルテ勢力から金を受け取っているといいふらされています。彼らは、シュピーゲル、アルジャジーラ、CNN、BBCなど、全てのメディアが金で動いている、と主張しています。本当に馬鹿げていますが、実際にこれらの行為はきわめて危険で、出版の自由、ジャーナリストの安全を脅かしています。

私もこの取材を始めてから、オンラインで嫌がらせのメッセージ、脅迫を受け続けています。昨年撮った初期の取材写真は、オープン・ソサエティ財団のインスタグラムでアップされましたが、大量の嫌がらせがあるなんて、予想していませんでした。その後、ニューヨーク・タイムズの連載で、ドゥテルテ大統領がダバオ時代に設立したであろう自警団〈ダバオ・デス・スクワッド〉(Davao Death Squads)の元メンバーの証言ビデオを発表した結果、数千人を怒らせてしまいました。ここ数週間、私は取材ペースを落としています。1月の大半は、ほとんど何もしませんでした。すごく疲れたからです。毎晩、死体と泣く家族を見続けるのは、精神的負担が大き過ぎました。血だらけのイメージから離れ、休息を取り、気持ちを立て直したいんです。

今後に希望を持っていますか?

ええ、誰にだって希望はあります。皆、何かにすがっています。でも、ジャーナリストとして何ができるでしょう。警戒を怠らず、現実をレポートすることしか、われわれにはできません。人々に伝えるのがわれわれの仕事です。どんな手助けも、われわれにはできません。ただただ、自分の仕事をするだけです。