ブタも人間も、お尻の穴から呼吸ができる

人間を対象とした〈腸呼吸〉の臨床試験は、早ければ今年中にも始まる見通しだ。
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translated by Ai Nakayama
Tokyo, JP
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酸素が欠乏した環境でも、ブタはお尻の穴を通して呼吸ができる。科学者たちは人間も同様に腸呼吸が可能だと考えている。PHOTO: COURTESY OF TAKANORI TAKEBE

ピンク色でぷっくりと厚く、丸い。肛門は口と共通点が多く、口と同じくらい重要だ。

しかし類似点はそれだけじゃない。最新の研究で、動物の肛門は呼吸を助けることもできると判明した。

日本の研究チームは、呼吸器疾患をもつひとびとの治療法を探る研究において、ブタが肛門を通して酸素を吸収できることを発見した。酸素ガスや酸素を多く含む液体を動物の肛門から腸へ注入することで、動物たちは肺呼吸をしなくとも生存することができたのだ。

「腸から呼吸できるとはこれまで考えられなかったので、非常に画期的です」とVICE World Newsに語ったのは本論文の著者、東京医科歯科大学の武部貴則医師だ。

2021年、武部医師のチームと名古屋大学大学院および京都大学呼吸器外科の共同研究者たちは、マウスを対象とした研究成果についての論文を発表。そして今年、ブタを対象とした研究成果を米国の医学雑誌で発表予定だ。ブタのほうが生理的にも遺伝子構造的にも人間に近い。

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研究チームのヒントとなったのは、腸を使って呼吸することができる淡水魚、ドジョウの独特な呼吸法だ。組織レベルでの酸素が不足した低酸素状態が続くと、呼吸を楽にするために、ドジョウの腸組織の構造が変化する。

哺乳類も低酸素環境において肛門から呼吸できるのかを確かめるため、武部医師はまずマウスを対象とした実験を行なった。昨年医学誌『Med』に掲載されたその研究成果は「驚くべきものだった」と医師は語る。

「私は常に結果を疑ってかかるようにしていますが、実験のたびに再現性のあるデータセットが得られたんです」と武部医師。医師はシンシナティ小児病院医療センター(Cincinnati Children’s Hospital Medical Center)においても診療を行なっている。

The scientists tested mammals if they too could breathe through their butts. Photo: Courtesy of Takanori Takebe

研究者たちは哺乳類もお尻の穴から呼吸できるかを検証した。PHOTO: COURTESY OF TAKANORI TAKEBE

本研究は、呼吸不全患者への新しい治療法につながる。

通常、医師が酸素を必要とする患者に対して選択するのは人工呼吸器だ。気管を通して機械的に肺に空気を送り込む。また、体内から血液を取り出し、機械の中で酸素を加えた血液を体内に戻すECMO(エクモ:体外式膜型人工肺)と呼ばれる方法も用いられる。

しかしこの処置には出血や血栓のリスクが伴う。また、新型コロナウイルスのパンデミック初期に多くの救急救命室で見られたように、いつでも人工呼吸器が手に入るとは限らない。

武部医師はそんな状況を鑑みて、〈裏口〉を試してみようと考えた。

哺乳類を対象とした実験で、武部医師のチームはまず低酸素状態のマウスの肛門から酸素ガスを注入した。すると注入されたマウスは注入されなかったマウスよりも長く生きることができた。

次にチームは、腸からの酸素摂取を妨げる可能性のある障壁を取り除き、さらに実験を進める。彼らはマウスの消化管の最奥の粘膜を剥離し、酸素ガスを注入した。

するとマウスの生存率はさらに延びた。また、粘膜を剥離されたマウスは処置を受けなかった対照群と異なり、息切れが止まり、心停止の兆候も見られなくなった。

しかし腸粘膜の剥離は患者に苦痛を与える可能性がある。そこで研究者たちは別のアプローチ、すなわち液体による酸素供給も試みた。

実験で用いられたのは、酸素を豊富に溶解することのできる化学物質、パーフルオロデカリン。この物質はかつて、重篤な呼吸困難に陥った幼児の治療や、組織への酸素供給を改善するための人工血液として使用されていた。この液体をマウスの直腸に注入すると、酸素量が顕著に改善した。ラットやブタを対象とした実験でも同じ結果が示された。

「体重50キロのブタに同量の液体酸素を肛門から投与すると、致死的な呼吸不全の状態でも30分生き延びることができます」と武部医師は説明する。

イェール大学の消化器科フェロー、ケイレブ・ケリーは本研究とは無関係だが、今回発見された方法を「有望だ」と評している。

「パンデミックにより、重症患者における換気と酸素供給の選択肢を広げる必要性が浮き彫りになった。これについては、パンデミックが沈静化しても続いていくだろう」と彼は2021年の研究に添付されたコメンタリーで述べている。

しかしケリーは、この動物モデルは呼吸不全に陥った重症患者が経験することを完全には再現できていないと指摘する。重症患者は感染症、炎症、低血圧等を伴うことが多く、それらの要因が加わると人体での肛門換気法は複雑化する可能性がある。

武部医師は早ければ今年中に人体への臨床試験を開始し、実際の効果を実証する予定だ。

突然心停止に襲われたひとの救命に使われる携帯型医療機器、AED(自動体外式除細動器)がビルや学校など公共施設に配置されているのと同様に、突然呼吸困難に陥ったひとたちを救うことができるよう液体酸素も簡単にアクセスできるようになれば、と武部医師は語っている。

武部医師は医療施設で健康な志願者を対象とした試験を行いこの治療法の安全性を確認したあと、呼吸器疾患の患者を募り実証実験を行う予定だという。

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