ラッパー、エミネム(Eminem)の半自伝的映画『8 Mile』( 2002)は、がむしゃらに夢を追う姿勢、不屈の精神、社会構造を原因とする貧困の蟻地獄など、様々なテーマを内包したストーリーだ。しかし本作は何よりも、〈握手〉の映画である。
上映時間110分を通し、『8 Mile』は、映画史上もっとも見事な握手シーンを、一度ならず何度も、生き生きと映し出す。エミネムのラッパーとしてのスキルは、映画公開に先駆けて既にはっきりと認められていたが、『8 Mile』のおかげで、エミネムは握手職人としても本領を発揮できた。すべての握手それ自体が感動的だが、掌と掌の触れ合いは『8 Mile』のストーリー全体に大きく寄与しており、エミネムによる〈作品〉といえる。
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そんなわけで、エミネム演じるラビット(Rabbit)が『8 Mile』内で披露する全握手シーンを、勝手にランク付けしてみようと思う。
第22位:車を修理しながら〈スウィート・ホーム・アラバマ(Sweet Home Alabama)〉を歌ったあとのラビットとフューチャー(Future)の握手
ラビットとフューチャーがこの握手をするのは、〈スウィート・ホーム・アラバマ〉の即興の替え歌を歌いながら、デトロイトの古い伝統であるボロ車の修理をしたあとだ。心のこもった握手をする理由としては遜色がない。ただ、握手の決定的瞬間を映さず次のカットへ移っており、映画的な重要ポイントを逃してしまっている。
第21位:ウインクがラビットの家にやってきたときの握手
ラビットとウインクの挨拶代わりの握手だ。ウインクは、ラッパーとしてのキャリアに関する良い情報をもっていた。母親といっしょにトレーラーパークで暮らすわが身の境遇にラビットが抱く恥の意識を、背景のトレーラーハウスが強調しており、その感情はこの握手にも見事に表現されている。いっぽうウインクは、2回強く掌を打ち合わせ、さらに背中を叩いている。
第20位:ラビットが出かけるときのウインクとの握手
ウインクの提案を聞いて、ラビットは期待できそうだと感じた。しかし、だからといって仕事に向かうバスに乗らなくていいというわけではない。ここでは、力強く肩と肩とを引き合う握手だ。
第19位:ラビットがラップバトルのステージに上がるさいの、DJイズ(DJ Iz)との握手(最初の握手)
作中で初めての握手シーンだが、ラビットはその握手にあまり時間を割かない。しかし、歩きながらしっかりと2回掌を打ち合わせる。オールドスクールなスタイルだ。
第18位:ラビットが駐車場で見事なフリースタイルを披露したあと、ラビットがフューチャーと交わした握手
〈bush〉と〈tush〉で韻を踏んだキレキレの詞で見事なフリースタイルをキメたラビットは、フューチャーから握手で健闘を称えられる。握手はそのまま、引き合うハグへとかたちを変える。ラビットの顔に浮かぶ感情は、フューチャーの肩に顔を預けてもそのまま残っており、そこには、自分の良き師であるフューチャーの面目を立てられたことへの、ラビットの心の安堵が示されている。ラビットの安堵感は、ふたりのハグで繰り返し表現される。
第17位:自分の脚を撃ったチェダー(Cheddar)を病院へ運んだあとのラビットとフューチャーの握手
友人のチェダーが、誤って自分の脚を撃ち病院に運ばれたあと、ラビットとフューチャーは2回掌を打ち合わせる、しんみりした握手を交わす。彼らの手に宿る、重苦しいエネルギーに注目してほしい。シンプルにみえるこの握手に、どれほどの感情の重みが表現されているか。語っても語りつくせない。
第16位:ラビットがウインクと仲直りしたときの握手
これは、先ほどまでの誤解を清算する謝罪の握手であると同時に、握手テクニック的にいえば、まさにすべてが盛り込まれている。力強く2回掌を打ち合わせる握手から、心のこもったハグ、そして相手の背中をしっかり叩く。ブリタニー・マーフィ(Brittany Murphy)演じるアレックス(Alex)がふたりに近づいてくるが、このがっちりした握手を見て、歩を緩める。彼女は、互いの気持ちのつながりを深める時間がふたりには必要だ、と察したのだ。ところで『8 Mile』には、女性との、あるいは女性同士の握手は一切映らない。本作では、握手は女人禁制という解釈がなされているようだ。
第15~13位:友人たちがラップバトルでのラビットの健闘を祈ってラビットに差し出す握手
仲間との、実にスタンダードで精彩を欠いた握手に見えるが、ここではラビットが、これから挑む大事なラップバトルにどれほど気を取られているかがわかる。表情のない彼の瞳は、「自信を与えてくれない握手なんて意味がない」と語っているかのようだ。
第12位:ラップバトルですばらしいパフォーマンスを披露したあと、リル・ティック(Lil Tic)がラビットに求めた握手
デトロイトを舞台にした本作は、少なからず人種問題を扱っている。ラビットは、黒人が多く占める地域の白人ラッパー、という自分の境遇から生じる自信喪失に苦しんでいる。そんな彼だが、ラップバトルでの勝利後、プルーフ(Proof)演じるリル・ティックから握手を求められ、苦しみは少し和らいだ。「最高だよ、完璧だった」とリル・ティックは声をかける。ラビットはリル・ティックと、大方のオーディエンスからの称賛を得た。
第11位:クラブの用心棒からラビットへの握手/拳のぶつけあい
前述のいち観客からの握手からわずか数秒後、クラブの用心棒がラビットに拳を差し出す。用心棒からの表敬シーンは必要だったかというと、そうではない。ではなぜ、監督はこのシーンを挟んだのか。それはおそらく、重要度の低い第三者の観客から、重要度の高いクラブの関係者まで、ラビットが満場一致でオーディエンスの心を掴んだ事実を強調するためだろう。自分に向けられた称賛の数々を信じられないながらも、拳と拳をぶつけあうこの挨拶を受け入れるラビットの姿には感動する。あるいはこのシーンは、〈握手とは何か〉について、鑑賞者の理解を広げるためのシーンなのかもしれない。拳をぶつけあうのは握手なのか。ハイタッチは握手なのか。〈誰かに肌を差し出す〉のが握手なのか。『8 Mile』では、それらの疑問が鮮やかに検証される。
第10位:ラップバトルで2回戦を突破したラビットが、ソル(Sol)とDJイズにした握手
単純に見ごたえがある。2回掌を打ち合う×2人。つまり4回掌が打ち合わされている。4回連続掌を打ち合うシーンは、映画史上初なのではないか。すばらしい。この握手の技術面の準備、動きの確認には、数ヶ月はいいすぎとしても数週間はかけたはずだ。
第9位:人生がよくわからなくなってしまったラビットがソルと交わす握手
ラビットにとって重要な気づきの瞬間のあと、この握手はなされる。工場でのやる気の出ない仕事のため、友人のソルに車で送ってもらったラビットは、ソルにこう問いかける。「いつ夢を諦めるか、考えたことあるか? いつ高望みをやめて、地に足をつけるか、ってことだ」。もちろん、ソルは答えを持ち合わせていない。これはヒーローが悟りを開くまでの旅であり、ラビットはひとりで歩まなければならない。これは自分探しと握手の旅である。
第8位:昼休みにフードトラックのラップバトルに勝ち、同僚から差し出された握手
職場でよくあるトラブルだが、ラビットは昼休みに、彼が働く工場のフードトラックの前で、イグジビット(XZibit)とのフリースタイルラップバトルに巻き込まれた。イグジビットがHIV陽性であることをほのめかして見事に勝利を収めたラビットは、見物人のひとりから握手を求められる。いちど掌を打ち合わせるだけの軽い握手だが、そばで見ていたアレックスの性欲を刺激するには充分だったようだ。彼女はラビットを、汚い工場でのゴムなしセックスに誘う。ここで学ぶべきは、握手は女性にとっての強力な媚薬になり得ること、そのため、安易に握手をするべきではないことだ。安全な握手を心がけよう。可能なら手袋を付けるように。
第7位:シフト交代に同意してくれたポールに、ラビットが差し出した握手
数時間仕事を代わってくれないかとポールに尋ねたラビットは、ポールとこのがっちりとした握手を交わす。この握手に先んじて、ポールがゲイだとからかわれたシーンがあった。つまりこの鮮やかな握手は、本作の親LGBTQ的姿勢を明確に示すメッセージとして機能している。偏見を打ち破るこの握手シーンにも拘わらず、『8 Mile』が〈GLAADメディア賞〉を受賞しなかったのが驚きだ。
第6~3位:ラップバトルで声が出なかったラビットを慰めるための友人たちからの握手
まさにブラザーシップ! 大切なラップバトルで声が出せず、オーディエンスの前で辱めを受けたときも、友人たちは裏切らず、ラビットが心の底から必要としていた慰めの握手を差し出してくれた。フューチャーは「気にすんな」といいながら、心を込めて2回掌を叩く。いつものやつだ。
「ヘコむなよ」とDJイズ。
「次は勝つよ」とソル。いつも楽天的だ。
最後にチェダー。「そうだよ、次だ」
第2位:「どんでん返し」を約束したあとのフューチャーとの握手
作中でも随一の、印象的な握手だ。ラビットは先日の口論について謝ろうとするが、フューチャーはすでに水に流しており、ラビットに謝罪をさせない。その代わり、フューチャーはラビットにひとつ約束させる。今夜の大事なラップバトルでの「どんでん返し」だ。握手自体はスクリーンに映らないが、その代わり、フューチャーの包容力ある肩にうずめられるラビットの頬に、私たちは注目してしまう。
第1位:どんでん返しを成功させたラビットがフューチャーと交わす握手(最後の握手)
[注意:ネタバレあり]
ラップバトルの大勝負で勝利を収めたラビットに、フューチャーは、いっしょにラップバトルのホストをやらないか、と誘う。しかしラビットはそれを断る。自分の好きなことをする、と答えたラビットの意志を、フューチャーは尊重する。まさかの結末だ。〈Lose Yourself〉が流れ、勝利を噛みしめながらもあっさり夜道を歩いていくラビット。その直前に、この握手は交わされる。作中で最高にパワフルな握手だ。ただ、そのフォームだけみると、最高の握手とはいい難い。1度目の掌を打ち合わせる音は鈍く、掌に力が込められすぎている。動きもぎこちない。被写体がボケている箇所もある。しかし、このシーンには、確かに心が宿っている。最後の握手の残響は、映画史に鳴り続ける。
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