ヤギになろうとした男のはなし

2015年11月、トーマス・トゥウェイツ(Thomas Thwaites)はヤギについて調べていた。

彼は、四本足での快適な歩行を可能にするための、腕と足に装着する特注の義肢を発注。加えて、彼は、実物のヤギから採取した腸内バクテリアを利用し、芝生を消化できる人工胃袋の開発も検討した。また、彼はヤギの行動パターンに詳しい専門家に助言を求め、さらには、ヤギについてもっと詳しく学ぶためにヤギの解剖さえも見学した。

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この滑稽な話のピークは、トゥウェイツの数日間にわたる、スイスのアルプス山脈にあるヤギ牧場で放牧されているヤギたちとの生活だ


「最初の1kmくらいはヤギの群れに付いていけたが、その後、彼らは岩場の斜面を下ったので、僕は取り残されてひとりぼっちになった。だから、ヤギの群れを追うのにその日の残りを費やす羽目になったんだ。その日は、なんとか群れに合流することができた。柔らかい牧草地の上は、本当に気分が良かったけれど、山を下るのは怖かった。なぜなら、両手の自由が利かなかったから、万がいち足を滑らしたら、岩場に打ち付けられるのは目に見えていたんだ」とトゥウェイツはSkypeでの取材で答えた。


トゥウェイツは英国イングランドを拠点に活動するコンセプチュアル・デザイナーであり、テクノロジー、サイエンス、未来についてのリサーチに関心を抱いている。彼の過去のプロジェクトには、未来の遺伝子工学についての省察神を「ニーボ(Nebo)」というサービスに見立てた仮説などがある。彼の最新プロジェクトでは、将来的に人類がどのように増殖するのかを検討している。


「ポストヒューマニズムもしくはトランスヒューマニズム技術などは、人類の願望を叶える。それに、超知的になりたくない人間もいると思う」とトゥウェイツはわれわれのインタビューに応える。

つまり、すべての人類がサイボーグになりたいとは限らない、という考えであり、進化ではなく、退化を望む者もいるというのだ。


私とのメールのやり取りの中で、「人間以外の動物になる? なんて平穏で単純な発想なんだ!」と彼は記した。どうやら彼は、心配事やフラストレーションなど、日常における「経験的な恐怖」に影響を受けない人間以外の動物の暮らしの体験、しかもそれを、こんにち実在するテクノロジーを用いて忠実に再現したかったようである。「生物医学研究のチャリティー団体ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)が、この試みを後押ししてくれた。彼らは僕に些細な芸術賞も授与してくれたんだ」


トゥウェイツは、スイスのアルプス山脈横断、というゴールを設定し、2014年9月、このプロジェクトに協力的なヤギ飼いを見つけ出し、ヤギの群れとの共同生活をスタートした。しかし、岩がゴツゴツした足場で傾斜が険しい山岳地帯を1人で移動するのはそう簡単ではない、と彼はすぐに悟った。また、崖を下るさいに腕に体重がのしかかり、痛みが伴う義肢での歩行になれるだけの時間もほとんどなかった。加えて、ヤギたちと屋外で夜をともにしようにも、気温は低く、雨も降っていたので、彼は屋外で眠れなかったのだ。結局、トゥウェイツは彼をサポートする集団と毎晩キャンプすることになった。もちろん、この義肢の手足とヘルメットという滑稽な外見の男がヤギの群れに馴染むのはひと苦労であり、ヤギたちを納得させる必要もあった。


「丘の頂上付近で群れに居るすべてのヤギが、草を咀嚼するために立ち止まって、僕を見つめている瞬間があるのに気付いた。それまで、彼らに対して恐怖心はなかったが、彼らの角はとても鋭利なのを突然に実感したんだ」


トゥウェイツが放牧中のヤギの群れと行動するのを許可した別の酪農家にも、ヤギたちが彼を受け入れたように見えたそうだ。結局、トゥウェイツはヤギたちと3日間生活をともにし、また、別の3日間は孤独なヤギとしてひとりで過ごした。


「このプロジェクトは、いまなお進行中のつもりでいる。あの義肢をはめると全力に近い速さで駆けられるし、その上、ヤギの暮らしは自由で、ただ草を食べているだけでいい。どれほど実物のヤギに僕が近づけたかわからないが、頭の中、空想では、僕はヤギ人間のプロトタイプになったんだ」

2016年Princeton Architectural Pressから著書『ヤギ男:人間をやめた休日(Goatman: How I Took a Holiday from Being Human)』を出版した。