ギリシャの刑務所から出所したイスラム系移民 タブー視されてきた刺青を入れる理由

2年半ほど前にイランからギリシャへ来たハミド。胸にはナイフ、両腕にはゾロアスター教の象徴である炎の刺青が。

数日前には約束を取り付けていたものの、モーセンは渋っていた。母親に電話をかけたいとテレホンカードを借り、今刑務所にいるのだと伝えた。これから刺青を入れることを告げると、母親はモーセンに会いたいと言って電話を切った。その6時間後、67番の独房で刺青を入れた。うなだれた男性の下には、ペルシャ語の詩が書かれている。「賢い鳥は罠にはかからない。もし捕らえられたら、ひたすらそれを耐えるしかない。」

モーセンは7年間の収容生活と2年間の拘留生活の間、毎年1つずつ刺青を入れた。祖国イランに残してきた初恋の人を描いた刺青の下には「omerta(沈黙のコード)」という文字が、右腕には「mother(母親)」の文字が入っている。

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モーセン

「刑務所では、敵か味方しかいない。毎日がサバイバルだ。実際の殴り合いでも、精神的にも、強くならなくちゃいけない。人間であり続けることが何より難しい。だから胸に二つの星を入れたんだ。諦めない、自分の命が危険に晒されたとしても負けないって。言葉にならないような思いやイメージが、魂の奥に刻まれてるんだ。それを詩や絵にして、体に刻んだんだ。」

他のイスラム教徒と同様に、モーセンにとっても刺青は「ハーラム(=禁じられたもの)」だった。イスラム法では人間の身体は神が創造したものであるから、ありのままの形こそが神聖だとされ、どんな変形も許されなかった。今日では「マクロ(=好ましくないもの)」として、それほど規制は厳しくなくなったものの、例えばイランでは刺青を入れてる者は犯罪者だと見なされ、最長6ヶ月の拘留と100回のむち打ち刑が下される恐れがある。

ファイム

ファイムは出所直後にガソリンスタンドへ向かったという。ガソリンで刺青が消せると聞き何度も体をこすったが、徒労に終わったという。

「あれは2007年の8月、[ギリシャの湾岸部にある都市]ナフプリオの刑務所に移送されたとき、アフガニスタンにいる家族が全員死んだって聞いて。その状況や理由については分からなかった。独房にあった先の尖ったもので手を彫った。家族のために1本ずつ。両手に5本入れた。翌日タバコを6箱くらい誰かにやって、最初の刺青を入れてもらった。ライオンとサソリだ。」

「それから、タバコ2箱で左腕に母親の名前を入れてもらった。これだけは入れたことを後悔してないよ。ギリシャに来て拘留されるまで、刺青が何かも知らなかったんだ。今は後悔してるけどもう遅い。まっさらな体で生まれてきて、汚れて死んでいく。刺青と刺し傷と、これが罪の証だ。」

モランディ

出所から2年、モランディは今も鉄壁が閉まる音や汚い独房の景色、国外追放の恐れに怯えながら暮らしている。薄暗い部屋で躊躇しながら刺青を見せてくれた。右足を覆う虎の刺青、その上にはアラビア語で次のように書かれている。「すべてを手にしても満足はしていなかった。もっと欲しい、もっとよくやりたい。ここに来たとき、そんな思いは消し去られた。」左足には蜘蛛の巣と共に「これだ。これがすべてなんだ」と書かれている。

「この蜘蛛の巣は、俺が監獄で過ごした年数分だけ大きくなった。刺青も麻薬も初めてだった。母親はアルジェリアに戻って来いっていうけど、今更どんな顔して会えっていうんだ?」

ハムザ

電動のモーターと歯ブラシ、ペン、2~3本の針があれば、すぐに刺青は入れられる。「道具は割と容易に手に入るよ。彫るのが上手いやつもすぐに紹介してもらえる。少額の金とタバコが数箱あればね。」ハムザは2009年の春にギリシャへ来てから拘留と出所を繰り返している。「今さら祈ったって仕方ないだろ。」そう語るハムザの体には、拘留中に彫ったという「LTPS」の文字が。「困難さえもすべては過ぎ去っていくという意味だ。自分自身へ施した悪だけが残ってるよ。」

アミン

イラクのクルド人であるアミンは2002年にギリシャへ来た。3年半の収容生活を経て、もう「亡命者」としては見なされなくなった。「左肩のドラゴンは、背中を向いてるだろ。俺と同じように、普段はおとなしくて落ち着いてるんだ。けれど挑発されたり攻撃されれば、正面を向いて凶暴になる。みんな素顔は分からないだろ。ギリシャで見たものを忘れないように、この刺青を彫ったんだ。」

ナッサール

日本とは文化圏が違うため言葉には気をつけたいところだが、彼らの言葉からうかがえるのは「ケガレ」の意識だ。ファッションを楽しむようにぺらっとした皮膚に模様を入れるのではない。一生消えない傷を肉体に刻み込むのだ。造形的には美しくない刺青も、それぞれの話を聞けばこそ、見て感じるものがある。

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