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トランプ的経済ナショナリズムが ファッション業界に与える損失

2月初旬、世界中からニューヨークに集まった数千もの人々が、ファッションウィークで最新のショーを楽しんだ。7日間にわたるショーでは、ドイツ、インドなどのデザイナーが、イタリア、日本などの国々で製作したコレクションをジャマイカやガーナ出身のモデルが身に纏って登場した。年2回のこのイベントは、文化の中心地であるパリ、ロンドン、ミラノなどでも開催され、ファッションのグローバルなシーンで展開される特性を完璧に具現化している。

しかし、2016年11月、ドナルド・トランプが大統領選挙で勝利して以来、ファッション業界に携わる米国人は、同大統領が自らのビジネスに対する大きな脅威になる、と危惧している。大統領選挙戦スタート時から、トランプ大統領は経済政策、移民排斥など、超国家主義に根ざした政策を打ち出している。しかし、ファッションは、国境によって分断される産業ではない。フランスの文化・通信大臣、オードレ・アズレ(Audrey Azoulay)が最近説いたように、〈ポピュリスト勢力〉は、〈ファッションや自由の概念とはまったく相容れない〉のだ。

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この種の超国家主義が、最終的に自国のファッション業界に悪影響を与えるのは、歴史的にも証明されている。実際、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)による自給自足経済への執着が、かつて繁栄していたベルリンのファッション産業の凋落につながった。もちろん、トランプ大統領は独裁者ではないものの、彼の経済・文化的見解や政策が、アメリカの3430億ドル(約3兆5千万円)規模のファッション業界に打撃を与える可能性に注意する必要があるだろう。

ヒトラー、トランプ大統領、両者はともに、自国民の国家主義的な愛国心を利用し、共通の敵を設定して、国民を団結させようとした。ヒトラーは、ユダヤ人がドイツの経済問題の根源である、と主張し、6百万人もの大量虐殺を、恐ろしくも正当化した。もちろん、トランプ大統領は大量虐殺を遂行しようとはしていないが、蔓延する、移民をターゲットにした排外主義的世論を利用し、移民が米国民の仕事を奪い、重大な犯罪を起こしている、と主張する。トランプ大統領は、ステレオタイプな理論をもとに、不法移民の国外追放を正当化し、推進しようとしているのだ。

トランプ移民入国禁止令に対するファッションデザイナーの抗戦

ヒトラーが1933年に権力を掌握する以前、ベルリンは、ファッションの中心地として、クオリティーの高い完璧な洋服を生み出し、高い評価を得ていた。そして、そのファッション産業の繁栄は、1700年代初期から技術を磨き続けてきた勤勉なユダヤ人が支えていた。最盛期には、ユダヤ人が経営する約2,400ものアパレル企業がドイツ国内にはあった。

「ユダヤ人の多くが、大型百貨店内や個人経営の店舗で、非常に魅力的なビジネスを展開していた」と、『Nazi ‘Chic’ ? : Fashioning Women in the Third Reich(ナチ・シック ?:第三帝国での女性とファッション)』の著者であるアイリーン・グウェンザー(Irene Guenther)博士が電話で説明してくれた。「ユダヤ人はデザインだけでなく、きめ細かなテーラリングでも知られていました。彼らは、非常に長いあいだこの業界に携わっていたので、ボタン、ジッパー、ファブリックの製作でも、非常に重要な存在でした」

アメリカでは、不法移民も正規に入国した移民も、ファッション業界の歴史と深いつながりがある。20世紀初め、ヨーロッパからニューヨークに流入した大量の移民が、自ら開業したり、工場で働いたりしていた。現在、シリアやエルサルバドルから、政治的理由でニューヨークに逃れてくる難民と同じように、当時の移民のほとんどが、ナチから逃れてくるユダヤ人だった。彼らが持ち込んだデザインや服飾の技術があったからこそ、米国は、ファッション業界で世界的な勢力を持つに至ったのだ。

ファッション業界は、移民を受け入れて以来、成長を続けている。2005年には、製造業からモデルまで、この業界で働く労働者の75%以上は移民だった。移民は、低賃金にもかかわらず、危険な環境で働くケースが多いが、衣料品工場は、米国に来た新たな移民、特に不法移民にとって、かねてから好条件の雇用主のひとつである。ピュー研究所(PEW)の2012年の調査によると、米国のファッション業界で働く労働者の20%は不法移民であるという。

ユダヤ人がヒトラーの標的になった時、ドイツのファッション業界は、大きな痛手を被った。1933年、ヒトラーは、ユダヤ人の影響下にある企業を、非ユダヤ人であるアーリア人に売却させようとした。この試みは、ユダヤ系企業商品のボイコット、ユダヤ系企業の不法な買収などを通じて行われた。また、ナチは、ドイツ衣料産業工場共同事業団(Arbeitsgemeinschaft deutsch-arischer Fabrikanten der Bekleidungsindustrie :ADEFA)という組織を創設し、アーリア人が製造した商品の購入を推進した。

ナチの政策によって、1939年1月までに、ファッション業界からユダヤ人の姿は消えた。「ドイツのファッション界では、ユダヤ人がそれまで何世紀にもわたって大きな役割を果たしていたので、排斥には丸6年かかりました。ナチス・ドイツによる他産業のユダヤ人排斥に比べ、長い期間が必要でした」とリサ・パイン(Lisa Pine)はその著書『Life and Times in Nazi Germany(ナチドイツでの生活とその時代)』で説明している。

不法移民は「法の支配を無視し、米国民への脅威となっている」と考えるトランプ政権下で、最近、「不法移民の迅速な強制送還」を柱とする大統領令が発布された結果、ファッション業界の大部分が打撃を受けている。米国政府の調査によると、1100万人の不法移民を国外退去させるためには1140億ドルを要するそうだ。しかし、その政策は、米国を潤す仕事だけに影響するわけではなく、米ファッション産業成功の立役者である、多様な文化にも影響を与える。

「移民には、異なる文化的慣習、歴史的背景があり、それを米国のファッションに重ね合わせます。そのおかげで、ラフ・シモンズ(Raf Simons)であれ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ(Diane von Furstenberg)であれ、 まったく違うワクワクするものを創りだすんです」とグゥエンザー博士は説明する。「だから、ユダヤ人排斥は、ヒトラー政権の先見性の欠如を表しています。彼らの外国人恐怖症が、自国の輸出業に打撃を与えました。ユダヤ人排斥により、優秀なデザイナーの大半が排斥されてしまっただけでなく、ビジョンや起業家精神、また、テキスタイルの色や配置などに関わる新しいアイデアが生まれなくなってしまいました」

トランプ大統領もまた、アメリカ人に〈米国製品を購入し、米国民を雇用する〉よう勧めている。彼は1月の大統領就任演説でも、この国家主義的スローガンを唱え、アメリカは輸入ではなく、輸出に注力すべきだ、とほのめかした。さらに、北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement)の再交渉を求め、オバマ(Obama)元大統領が推進したTPP(環太平洋戦略的経済連携協定:Trans-Pacific Partnership)からの離脱を表明した。デザイナーや小売企業が他国と結んでいる契約を、この政策は脅かしかねない。

「われわれは、われわれの商品をつくり、アメリカの企業から盗み、われわれの職を破壊する外国の侵害から、国境を守らなければならない」とトランプ大統領は就任演説で大衆に語った。「保護によって富と国力は増大する」

ムッソリーニ(Mussolini )も同様に、自給自足のイタリアを目指し、アパレルやテキスタイルの国内生産を推進した。「ムッソリーニ政権下のイタリアで衣類をつくるためには、イタリア製のテキスタイルである、とのアプルーバルを必要としました。さらに、それがイタリア製である、という商標や保証も必要でした」と、『 Fashion Under Fascism: Beyond the Black Shirt(ファシズム下のファッション:黒いシャツの向こう側)』の著者、ユージニア・ポーリセリ(Eugenia Paulicelli)は説明する。「主な狙いは、イタリア女性に、フランスに行く代わりに、イタリアのクチュールを消費させることでした」

K・フェリス( K. Ferris)が著書『Everyday Life in Fascist Venice 1929–40(ファシスト政権下のヴェネチアでの日常生活 1929年ー40年)』で書いているように、「イタリア企業製品の消費増に貢献するのが模範的国民の証でした」

「ヒトラーは、輸出によるドル収入を欲していましたが、ある意味、自分で自分の首をしめてしまったのです。輸出したくとも、ヨーロッパの大部分を占領していましたから、ベルギーやオランダも、当然、ドイツの支配下でした。つまり、ドイツのアパレル製品を輸出したくとも輸出できる国がなかったのです。もちろん、アメリカはドイツのアパレル製品を買おうとはしませんでした」とグウェンザー博士は語る。「『アメリカ第一主義』もいいですが、40年代にもう、それが機能しないのは明らかなんです」

米国企業による海外での商品生産を阻止するために、トランプ大統領は、海外で商品を生産する米国企業への減税措置をなくして国境税を導入する、と提案している。トマス・ナスキオス(Thomas Naskios)が『ニューヨークタイムズ』で説明しているように、この税制改革が議会を通過すれば、デザイナーには3つの選択肢しか残されていない。店じまいする、費用を自前で出して国内生産する、国内生産でかかる余分なコストを消費者に押し付ける。最後の選択肢を選ぶ確率が一番高いだろう。

今月初め、共和党の提案に強く反対する全国小売連盟(National Retail Federation)が、国境税の施行による影響を危惧するコマーシャルを放映した。このインフォマーシャルでは、大げさなオキシクリーンの広告をパロディ化し、国境税が導入されると、衣類などにかかる税金が増えるため、〈可処分所得が消失してしまう〉と主張した。

米国アパレル・シューズ協会(American Apparel and Footwear Association)の調査によると、2014年、アメリカは衣類の97.5%を輸入している。自国で衣類生産を継続しようと努力しているものの、小さなブランドや小売大手の多くは、中国、インドなど、生産コストが低い海外生産に傾きつつある。トランプ大統領ですら、自身のアパレルブランド『ドナルド・J・トランプ・コレクション(Donald J. Trump Collection)』のための商品生産をアウトソースし、スポーツコートからカフスボタンまで、韓国やバングラデシュなどで生産していた過去がある。

「ファッションは自由でなくてはなりません。こんにちのファッション業界は世界的規模なのに、米国のだったり、イタリアだったりと、皆、自国のことばかり考えています」とポーリセリは説明する。「ファッションに国境はないのに、自国ブランドを促進させなければ、と常に葛藤があります」