典型的なアヘン常用者といえば、頬がこけ、瞳孔が開き、虚ろな表情の痩せこけた男を思い浮かべるだろう。社会の枠組みから外れた存在だ。
28歳のダヴィンダー・チョーハン(Davinder Chauhan)*は、チャンディーガルの大手IT企業に勤めるウェブデベロッパーだ。オフィスから自宅へ向かう彼は、壊れそうな赤い車の運転席に座り、ノートパソコンの入ったカバンを重たそうに抱え、フォーマルなスーツを身につけていた。目の周りの黒いクマさえなければ、この立派な風貌の男性が5年間合法アヘンを常用しているとは思いも寄らないだろう。
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彼の古いスズキ・スイフトに乗って、僕たちはチャンディーガル郊外のパンジャーブ州にある衛星都市へ向かった。途中で薬局に立ち寄った。チョーハンはまるで重要な任務を負っているかのように急いでスズキから飛び出し、5分後に戻ってきた。「あっという間だよ! ドラッグじゃなくて薬草を買ってるだけだから」と彼は豪語し、きちんとアルミホイルで封のされた、ユナニ医学のラベル付きの密閉ボトルをこじ開けた。主成分は〈Afum〉、つまりアヘンだ。
パンジャーブ州とヘロインや他のアヘンを含む麻薬の縁は、今に始まったことではない。インドの〈Centre for Research in Rural and Industrial Development 〉が公開した論文によれば、依存症患者の4分の3が21歳未満でこの麻薬の中毒になるという。〈高齢者のドラッグ〉とみなされがちなアヘンだが、インドでは大麻と同じくらい日常的に使われる薬物だ。パンジャーブ州の都市部でも、アヘンを使用している青年たちが散見される。
「僕は標準的な用量をちゃんと守ってる。純度の高いアヘンは自然のものだから、調剤やアルコールと違って人体に害はない。父も疲れた日はよく服用していた」と彼は説明し、爪2本半ほどの錠剤を口に放り込んだ後、レッドブルをゴクゴクと飲み干した。ドリンクに含まれるカフェインによってアヘンの眠気の副作用を軽減するためだ。これによって「不安になることなくエネルギーを高められる」という。
アヘンは昔から労働者のドラッグとされてきた。鎮痛剤として、疲労困憊で痛みを抱える男性(もしくは女性)に1日を乗り切り、道路工事、住宅建設、農場の重労働などの仕事を遂行する力を与えた。現代ではプログラマーの高い集中力を持続させ、1日中パソコンの画面とにらみ合う気力を与えるといわれている。
大麻とは異なり、アヘンはオーバードーズの閾値に達しやすく、400ルピー(約680円)のボトル1本で過剰摂取になる恐れがある。さらに、依存症からの回復にも非常に時間がかかり、州立の更生施設で生活する依存症患者は100万人を超える。しかもそこには宗教的な理由で別の治療を受けている患者は含まれない。パンジャーブの病院は定員超過で、増え続ける依存症患者の回復治療に対応が追いついていない。
インドでは伝統医学の自由な解釈のおかげで(省庁が大々的に伝統医学を推奨している)、インドのバイアグラと称される〈Kamini Vidrawan Ras〉のようなお馴染みの薬は、公的に認められたアーユルヴェーダの製薬メーカーであれば簡単に製造・販売できる。ブランドによって成分は異なるが、このような薬には純度の高いアヘンの他に、主にサンダルウッド、ナツメグ、クローブ、サフランなどが含まれる。
米食品医薬品局はアヘンが勃起不全を引き起こす恐れがあると警告しているが、パンジャーブ州の常用者は真逆のことを主張する。「ペニスがすごく硬くなって何時間もセックスできるよ。ずっと射精せずにね!」とチョーハンは主張し、永遠の勃起を味わってみないかと僕を誘った。魅力的な申し出だったが、勃起と引き換えに死や重い依存症の危険を冒すのは割に合わない。あくまでもジャーナリストとして調査を続けることにした。
そこで僕は28歳のアビマニユ・サイニ(Abhimanyu Saini)*に会った。彼は長い付き合いの彼女とセックスをする前に、1杯のチャイと一緒にアヘンをたっぷり飲むという。彼はこれを前戯のひとつとして捉えている。「アヘンは繰り返しの作業をより楽しいものに変えてくれる。感覚が鋭くなるしリラックスできるんだ。満足度が高まるだけでなく、どれだけセックスしても痛みを感じない」とサイニは目を輝かせながら語り、一度は試してみたいという僕の思いをさらに後押しした。彼は現在は無職だが、以前はニューデリーの建築事務所でデザイナーとして働いていたという。
Kamini Vidrawan Rasのような薬は、免許を持つアーユルヴェーダドクターの処方を必要としない。販売者に免許があれば、処方箋なしで購入できる。この〈民間薬〉は長年海外に住むインド人に乱用されていて、オーストラリア政府は頻繁に警鐘を鳴らし、更生施設に行く必要のある常用者もいると報道された。
インドでは定期的に警察の手入れ、10代のまとめ買いの取り締まり、アーユルヴェーダの店を対象とした行政処分が行なわれているものの、これらの製品はチャンディーガルからニューデリー、ムンバイ、ボパールまで、都市部のあちこちの小さな店でいまだに購入可能だ。
サイニは17歳のときからアヘンを飲み続けている。常にストックを切らさないため禁断症状に襲われたことはほとんどないが、唯一の例外はコロナ禍のロックダウンだった。その時にオンラインショップならば、偏見だらけの薬剤師の訝しげな視線にさらされることなくアヘンを購入できると気づいたという。FlipkartやAmazonなどの大手オンライン販売業者から1mgのようなオンライン薬局まで、アプリをタップするだけですぐにアヘンが自宅に届く。しかも割引も適用される。これらのサイトでは年齢確認も身分証明書も処方箋も求められない。サイニが購入している合法アヘンは、ユナニ医学の〈Barshasha〉だ。
元々は咳、風邪、胸の痛み、性機能障害、消化器疾患の治療薬として処方されていたBarshashaは、粘り気のある黒いペースト状の薬で、純度の高いアヘンのペーストにも似ている。土や草のような強烈な臭いを放ち、砂糖が多く含まれるもののかなり苦味が強いという。「コツは温かいチャイに溶かして飲み、効果が出るまで15分待つこと。笑いが止まらなくなるよ」とサイニは語る。
それでも僕は不安だった。たとえボトル1本でも、普段アヘンを使用しないひとが飲めば、重大な呼吸阻害を引き起こす恐れがあり、最悪の場合は死にいたる。たったの400ルピーで、パンジャーブの街角よりもずっと純度が高く強力なアヘン入りの薬を1瓶買うことができるのだ。おまけでオリジナルの〈アヘンスプーン〉を一緒に送ってくれるブランドもある。
恐怖と誘惑のあいだで揺れながら、僕はジャーナリスト精神で思い切って飛び込んでみることにした。まずはFlipkartで人気ブランドの製品をいくつか注文した。特に惹かれたのは「買ってみて、効果抜群だから!」というレビューだ。
インドの一般的なECサイトと同様、薬はなんのお咎めもなく数日以内に配達された。僕の現在のパートナーは、僕がいわゆる〈性的能力を高める〉薬を試すことに眉をひそめた。彼女は僕に、ジャーナリスト精神に基づいてバスルームでひとりで試したらどうか、と提案した。僕の〈科学的探究心〉は、実験に対する彼女の強い嫌悪感には到底敵わなかった。そこで僕は、28歳のラヴィ・トゥークラル(Ravi Thukral)*にプラトニックな同伴を頼んだ。
僕はクリスマスに時折ワインを飲む以外はほぼ嗜好品をたしなまず、高熱の時をのぞいてアスピリンすらのもうとしないが、ラヴィは現実逃避を約束してくれるなら何にでも飛びつく、10代のような好奇心を持ち合わせている。薬のパッケージにあるように、彼のホコリによる咳を治すまたとないチャンスでもあった。
僕が〈スプーン1杯の服用〉の解釈について頭をひねっているあいだに、ラヴィは2つのブランドのBarshashaを試した。スプーン1杯とは山盛りということだろうか? 彼の体験を受動的に観察したいという僕の好奇心は、突然の巨大な笑い声にかき消された。
しばしばバングー(大麻)を嗜むラヴィはこのトリップ体験を大いに楽しみ、おかわりに手を伸ばした。薬を飲んだ瞬間、何週間も続いていた首の痛みが消えたそうだ。体や口の動きは目に見えて遅くなったが、心配するほどではなかった。ただし翌日は、アヘンの経口摂取の証拠であるひどい便秘に悩まされたという。
翌日、ラヴィはもっとクリーンで一般的な経口薬であるKamini Vidrawan Rasの丸い錠剤を試した。効果は明らかで、勃起が改善され、1錠につきアヘン80mgとラベルに記載されたとおりの効能が得られたという。
喫煙による咳がたちまち収まり、ヒステリックに笑いながらお茶をすするラヴィを見て、僕は「精液が濃くなる」と書かれた薬のラベルを撮ってパートナーに送った。これで彼女の気持ちが変わることを願ったが、彼女はメッセージを無視し、既読スルーを決め込んだ。
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