GHB(Gamma-Hydroxybutyric Acid:ガンマヒドロキシ酪酸)、通称〈G〉は、非常に魅力的なドラッグだ。1ミリリットルにつき約1ポンド(約140円)とドラッグのなかでも非常に安価で、小瓶やキャップなどに忍ばせてクラブやフェス会場に持ち込みやすく、薬が切れたあとのうつ症状なしに、アルコールとMDMAを同時に摂取したような効果を得られる。週末にひどい二日酔いに苦しんだ経験があるなら、「そんなの最高だ、今すぐ使ってみたい」と思うかもしれない。
しかし、うまい話には裏がある。GHBは、わずか1滴でも多く摂取しただけで命を落とす危険性が高く、死には至らなくても昏睡状態に陥る。そのため、この粘り気のある無色無臭の液体は、経口注入器で正確な量を計り、水に滴下して使用される。
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1960年代、麻酔薬として開発されたGHBは、現代の医療ではナルコレプシーやアルコール依存症の治療にしか用いられないが、GHBの前駆体(※ある物質が生成する前の段階の物質)で、体内でGHBに変化するガンマブチロラクトン(GBL)は、シミ抜き、錆び落とし、合金用クレンザーとして、今も合法で販売されている。1980年代後半、GHBはボディビルダーのあいだではホルモン剤として、また、アルコールと違って感情に影響を及ぼすことなく抑制機能が低下する(※リラックス効果もあるが、危険な行動に走りやすくなる)ことから、クラブキッズのあいだで人気を博すが、90年代には〈デートレイプドラッグ〉として知られるようになる。2010年代には、LGBTのためのSNSアプリ〈Grindr〉を通じて出会った4人の男性を強姦、殺害したスティーブン・ポート(Stephen Port)が被害者に飲ませた薬として、メディアで大きく取り上げられた。
そして今や、GHBはパーティアイテムのひとつとなっている。
「どんなときでも気分を高めてくれる」というのはロンドン出身の24歳のクレアだ。「お酒を飲んだときみたいに、リラックスできたり、あるいはおしゃべりになったり。ムラムラするときもあるし、使う量や周りの環境によっては、突然感情的になることもある。でも、いつもそうなるわけじゃありません。昨日もGを使ってから自転車で出かけました」
GHBは、LGBTQ+コミュニティとの関わりが深く、特にゲイ男性のあいだで長年使用されてきた。近年では〈ケムセックス(chemsex:薬物を使用した性行為)〉でも、メタンフェタミン、ケタミン、コカイン、3-MMCや4-MMCなどのカチノン、ラッシュ、バイアグラなどとともに使われるようになった。「ゲイコミュニティにおいて、GHBはまったく悪い薬として認識されていません」と〈ケムセックス〉という言葉の生みの親であるソーシャルワーカー/GHB専門家、デヴィッド・スチュアート(David Stuart)は指摘する。
しかし、2010年代半ばから後半にかけて、LGBTQ+コミュニティではGHBによる死者が相次ぎ、スチュアート氏によれば、平均で「毎月2名が亡くなっていた」とするデータもあるという。
いっぽう、ゲイコミュニティの外においては、GHBの人気はいまだに低いままで、話題にのぼることも少ない。2000年代始めには、英国とイビザ島でGHBの過剰摂取が多発し、ニュースでは英国が〈ドラッグ問題〉を海外に運び込んだと報じられたが、それでもこのドラッグの蔓延に注目は集まらなかった。
しかし、最近発表されたデータで、GHBの使用はヨーロッパ全域で増加していることが明らかになった。ロンドンの調査会社〈Global Drugs Survey〉によると、薬物を使用している女性の4人にひとり、男性の6人にひとりが、2017〜2018年のあいだにGHBを使用して意識を失ったことがあるという。また、パリでは、GHB摂取によって昏睡状態に陥った例は、2017年には年間10件だったが、2018年にはわずか3ヶ月で10件に達したと警察が発表した。GHBがガバやハードスタイルミュージックシーンで人気を博しているオランダでも、GHBの使用は、過去10年で着実に増加している。精神疾患や依存症患者を支援するオランダのNPO団体〈Trimbos Institute〉の調査では、GHB摂取による救急搬送は、2009年から2014年のあいだで40%増加し、アムステルダムの病院〈OLVG〉でも、GHBの過剰摂取による入院件数は、過去5年で266%増加した。
これらの統計からは使用者の性的指向はわからないが、Global Drugs Survey創始者のアダム・ウィンストック(Adam Winstock)博士は、GHBがセクシュアリティの垣根を越えて使用されるようになりつつあると考えている。「GHBを使用するヘテロセクシュアルのひとびとは、今まで以上に増えています」と博士は説明する。「このドラッグは、長年使われてきたゲイ男性やケムセックスシーンの外へと広まりつつありますが、使用者にとって馴染み深いドラッグに比べれば、まだまだ使用例は少ない。その原因のひとつは、GHBが危険なドラッグとして知られているからでしょう。そのおかげで手を出すひとが少ないのだと思います」
スチュアート氏は、LGBTQ+コミュニティとヘテロセクシュアルのひとびとでは利用するセクシャルヘルスサービスが異なるため、データには格差があるかもしれない、と指摘する。「20年前にはゲイコミュニティに属する多くのゲイ男性がGHBを使用していましたが、彼らは専門家に助けを求めようとはしませんでした」と彼は回想する。「当初は彼らが助けを求めても、ドラッグ関連の支援機関には無視されていたんです。今でも、ストレートのひとびと向けのサービスは、GHBについて満足できるレベルに達しているとはいえません。誰かが助けを求めていたとしても、彼らに支援の手が行き届いていないため、私たちの耳に入ってこないのかもしれません」
GHBは、経口注入器なしでは正確に計るのは難しく、1ミリリットルでも多く摂取すれば死に至る恐れがある。アルコールや他の抑制剤と混ぜ合わせれば、リスクはさらに高まる。娯楽目的での使用は比較的少ないものの、GHBは、ヘロインとコカインに次いで、ヨーロッパにおいて救急搬送の原因となる薬物第3位だ。常用すれば習慣性を生む可能性もあり、発汗、不安、混乱、幻覚、けいれんなど、ヘロインやアルコールと同等の離脱症状を引き起こす。速やかに代謝され、体内に短時間しか留まらないため、離脱症状が現れるスピードも早く、生死に関わる場合もある。
「セックスや仲間との交流以外の目的、つまり寝つきを良くしたり、他のドラッグによる気分の落ち込みを解消するためにGHBを日常的に使い始めれば、ほんの2〜3週間で依存症になってしまう可能性もあります」とウィンストック博士は述べる。「摂取量はわずかでも、世界でもっとも危険なドラッグのひとつです」
スチュアート氏も同意する。「私はいつもこう説明しています。できるだけ害なくGHBを使用するには、並外れた、非常に繊細なスキルが要る。死者が出ているのは安全な摂取方法を知らないからだと思うかもしれませんが、それは違います。このドラッグを正しく使用するのは、それだけ難しいんです」
それならどうしてGHBを使うのか、と疑問に思うのも無理はないが、GHBには他のクラブドラッグにはないメリットがたくさんある。「GHBはどんな薬にもなるんです」とスチュアート氏は述べる。「覚醒作用だけでなく鎮静作用もあるし、自殺用のドラッグにもなり、気分を高揚させたり、リラックス効果や自信を高める効果もある。大半のドラッグの作用はひとつかふたつですが、GHBは使いかたによってさまざまな作用が発現します」
VICE UKがボイスメールを利用してヨーロッパ各国のひとびとを対象に実施した、GHB体験にまつわる調査の結果は多岐に渡った。この結果こそが、GHBがいかに予測不可能なドラッグかを物語っている。「今までで最高のドラッグ体験」という意見もあったが、警戒を促すエピソードも同じくらい多く寄せられた。ノッティンガム出身の28歳のマットは、「病院に搬送されて亡くなったり、使ったあとに自殺しようとした友だちもいた」と語った。マンチェスター出身の20歳のドーラは、「最近、ひとりの友だちが亡くなった。Gを使って眠ったあと目を覚まさなかった」と打ち明けた。
ドーラが語った体験は、〈Gアウト(G-ing out)〉や〈沈む(going under)〉と呼ばれており、GHBの作用が消えるまで非常に深い眠りに落ちることだ。GHBによって意識を失うと、危険なほど心拍数が下がり、呼吸が浅くなる。姿勢を回復体位にしなければ、吐しゃ物で喉を詰まらせる恐れもある。GHB依存症を抱えるひとが逮捕もしくは救急搬送された場合は特に危険だ。彼らの意識不明か見当識障害は、アルコールによる症状だと勘違いされやすいからだ。
「もちろん警察はドラッグテストを行ないますが、体内からは何も検出されません。息からはアルコールの臭いがします。彼らは独房に入れられ、6〜7時間後には妙な行動をとり始める。警察はそのひとが癇癪を起こしているだけだと思うでしょう」とウィンストック博士は説明する。「ですが、これはGHBの離脱症状です。早急に、可能な限り計画的な治療が必要です」。離脱症状の治療としては、高用量のベンゾジアゼピン系の鎮静薬や抗けいれん薬を投与するのが一般的だ。オランダでは、患者に医薬品と同じ等級のGHBを投与して、徐々に投与量を減らしていくことが多い。
GHBがゲイコミュニティの外へと広まり始めたことの問題点は、〈デートレイプドラッグ〉という呼び名によってスティグマが生まれ、教育や〈ハームリダクション(harm reduction:個人ならびに社会がもたらす危害を軽減すること)〉の妨げになっていることだ。特定の場所、たとえば大きなクラブやフェス会場などでは、GHBは危険なパーティカルチャーを生み出している。GHBは、常軌を逸した性的興奮と自制心の低下という、最悪な組み合わせを引き起こす恐れがある。2018年5月、スコットランド出身のDJジャックマスター(Jackmaster)は、ブリストルで開催された音楽フェス〈Love Saves The Day〉のバックステージで、複数の女性にセクハラ行為をした。ある女性スタッフによると、彼は「確かに正気ではなかったのはわかるけれど、完全に許容範囲を超えていた」という(ジャックマスターは、のちに自身の行動を謝罪する声明を出している)。
「20数年前、私たちが初めてゲイコミュニティにおけるGHBの存在に気づいたとき、最初の証拠が見つかったのはクラブでした」とスチュアート氏は当時を振り返る。「GHBを使っているひとたちや、フロアで気絶したり眠ったりするひとに少し警戒するようになりつつあったクラブのプロモーターたちに会い、コミュニティのなかで話し合いました。今、ストレートのコミュニティにも同じような兆しが見られます。ストレートのクラブのプロモーターやガードマンのあいだで、GHBが話題にのぼっているそうです」
なかには、GHBに用いられる注射器(実際は経口注入器だが)に恐怖心を煽られるひともいる。「みんな注入器を見ると震えあがるんです」とクレアはいう。「スティグマを乗り越えても、GHBを試してみてやめられなくなってしまったら、何の教育も支援も受けられない。スティグマによって、この薬物はアンダーグラウンドへと追いやられていくばかりです」
ロンドン出身の24歳のジャックも、こう証言する。「GHBが話題にのぼったり、みんなが知っていることといえば、デートレイプドラッグかGrindr殺人事件のことだけ。メディアがそればかり報道してるからです。極悪非道な目的や、他人を操るために使われるというイメージが蔓延しているので、GHBを使っていることを打ち明けづらくなっているんです」
これは明らかにまずい状況だ。もし誰かが〈沈んで〉しまったとして、そのひとが何を服用したのか友人たちが知らなければ、手の施しようがない。重要なのは、スティグマを減らしてハームリダクションの意識を高め、ひとびとが必要な支援を得られるようにすることだ。しかし、あらゆるドラッグと同様、教育と責任が伴わなければ、スティグマの根絶には何の意味もない。
「社会にセルフケアが存在しなければ、ドラッグの受容は無意味です」とスチュアート氏は強調する。「もちろんスティグマは悪以外の何物でもありませんが、セルフケアが育まれ、ハームリダクションについての情報が広く行き渡っている社会でこそ、スティグマを根絶できるのです」
*個人情報保護のため、偽名を使用しています。
This article originally appeared on VICE UK.