体験者が語るナルコレプシーと幻覚

「奇跡と病気が、科学や信仰と完璧なタイミングで重なった」
体験者が語るナルコレプシーと幻覚
Ralf Nau/Getty Images

約19年前のある日の深夜、私は霊的な体験をした。私は横になり、当時悪化していた家庭内暴力と家族のアルコール依存症、そして自分を守る盾であり、同時に自分を蝕む毒でもある怒りについて祈っていた。恐怖と痛みから自分を守るために、どうかこの怒りを絶やさないでください、と神に祈ると、怒りから自由になりなさい、といわれた気がした。しばらく神と口論を続けていると、心臓の真上に重苦しく荒れ狂う感覚を覚えた。神は「もう充分だ」といい、私の胸に触れ、手を引いた。すると怒りは夜の闇へ飛び出していった。

当時の私は13歳前後だった。この出来事によって幼少期の家庭内暴力がすべて解決したわけではないが、私自身は一変した。激しい怒りにかき乱されていた生活から解放されたのだ。もちろん暴力にさらされる生活は続き、ときには恐怖や怒りも感じたが、それは、私の癒しが始まった瞬間だった。

子どもの頃に通わされたキリスト教原理主義や福音主義の教会では、このような霊的体験は奇跡と呼ばれていた。当時の私は、まさに奇跡だと信じていた。今でもそうだ。しかしこのエピソードは、私が20代でナルコレプシーと診断されたことによって複雑になる。

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当時の私は知らなかったが、幻覚と睡眠麻痺(金縛り)は、ナルコレプシーのもっとも一般的な症状だ。睡眠麻痺の特徴は、私が神との口論で感じたような胸の圧迫感。睡眠麻痺と幻覚は、場合によっては非常に強烈でリアルなため、超自然的に感じられる。このふたつは、私の症状のなかでももっとも強く、前述の霊的体験のように、たいていは覚醒と眠りのはざまで起きる。

ナルコレプシーというと、唐突に深い眠りに落ちてしまう姿を思い浮かべるひとも多いだろう。笑いをとるためにこの誤解を広めている映画やテレビ番組もある。例えば、映画『ムーラン・ルージュ』( Moulin Rouge!, 2001)には、ナルコレプシー患者のアルゼンチン人が会話の途中で気絶し、階段を転げ落ちるシーンがある。私が最初に睡眠専門医の診断を受けたとき、自分の症状が今まで観てきたナルコレプシーの描写には当てはまらなかったので、戸惑った。私は10代半ばから、日中に突然強い眠気に襲われることがあった。まるで睡眠導入剤を何錠か飲んで、それを忘れてしまったかのように。しかし、意識を失ったり倒れたことはいち度もなかった。

ただ、霊的体験の約5年後、私は初めての幻視を体験した。眠りに落ちる直前、まどろんでいると、どこからともなく赤いレンジローバーが現れ、こちらに向かってきた。とても鮮明なイメージで、車の下の車軸や排気ガスまではっきり視ることができた。私はベッドの上で飛び起き、激しい動悸を感じた。恐怖に襲われ、自分は統合失調症ではないかという不安で1時間眠れなかった。こんなことはもう二度と起こりませんように、と祈った。

しかしその後も、夜だけ定期的に幻視を体験するようになった。しわくちゃの赤いリボンが鼻の上でねじれるのを視た。6本指の手がベッドに迫ってきて、それぞれの指先が、大きな岩ほどもあるマルハナバチに変身した。

ときには幻聴も体験した。電子レンジの音のようなアニメのモンスターの声や、あるはずのない衝突音が聴こえた。ナイトテーブルの上の夫のiPodから、スローテンポのポップソングが流れていると思いこんで夫を起こしたこともあったが、曲が聴こえていたのは私だけだった。

これらの音やイメージは、私の視床下部から生じていた。視床下部は、睡眠、体温、空腹感を司る脳下部の小さな部位だ。ナルコレプシー患者の体内では、睡眠をコントロールする神経伝達物質が分泌されず、覚醒状態と睡眠、夢と実際に視たものの境目が曖昧になる。

霊的体験から約13年、初めて睡眠専門医に助けを求めたとき、ナルコレプシーと正しく診断された私は幸運だ。米国には推定20万人のナルコレプシー患者がいるが、適切な診断と治療を受けられるのは4人にひとりしかいない。

睡眠障害の専門書『Principles and Practice of Sleep Medicine』( 1989)の編集者、メイア・H・クライガー(Meir H. Kryger)医学博士によると、大半の医師は睡眠障害の知識が不充分で、ナルコレプシーの典型的な症状を見落としてしまうという。ナルコレプシー患者の約6割が最初は誤診を受け、その大半がうつ病や、私自身も疑った統合失調症と診断される。かつてクライガー医学博士は、精神科病棟に入院させられた12歳のナルコレプシー患者を担当した。研修医は、その患者の幻覚が統合失調症によるものだと考えていた。私自身も10代前半でナルコレプシーを発症したので、その子にとって幻覚がどれほど恐ろしかったかはすぐに想像がつく。

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私がナルコレプシーという疾患が広く認識されている時代、場所に生まれたのもラッキーだった。宗教的な教えと心をかき乱す幻覚のあいだで育ったので、医学的発見がない限り、これらの幻覚を超自然的な力によるものと捉えるのがいかに簡単かはよくわかる。私は実在しない事象が視えると主張する、本好きな女性だ。17世紀の聖職者なら、すぐに私を魔女呼ばわりしただろう。

霊性とナルコレプシーによる幻覚には、複雑に絡み合う長い歴史がある。ナルコレプシーの症状があった人物として歴史上もっとも有名なのは、黒人奴隷の逃亡を支援した地下組織〈地下鉄道(Underground Railroad)〉の協力者で、南北戦争の偵察者として活躍したハリエット・タブマン(Harriet Tubman)だ(ただ、本人の存命中は、ナルコレプシーは病気と診断されていなかった)。彼女は幻覚を通して、神が自分に語りかけていると信じていた。歴史学者のミルトン・C・サーネット(Milton C. Sernett)の著書『Harriet Tubman: Myth, Memory, and History』( 2007)によれば、タブマンは、幻覚を体験したとき、魂が身体を離れて別世界に行くように感じたと明かしたそうだ。

タブマンは奴隷制から逃れる前、何度も幽体離脱を体験した。彼女は「野原、町、山の上を鳥のように」飛んでいたが、突如として大河や塀が現れ、彼女の道を遮った。すると全身白ずくめの女性たちが塀を越えてきて、彼女を引っ張り上げてくれたという。のちに、自由の身になり北部へ向かった彼女は、夢で視た景色と同じ場所を発見し、そこで自分を助けてくれた女性のうち数名にも出会ったそうだ。

「彼女の宗教、夢、幻視は、とても強く結びついていたので、誰も区別することはできないし、もちろん私も区別しようとも思わない」とタブマンの姪は記している。

さらに、障碍者が類い稀な能力や霊能力を有するという考えによって、ナルコレプシーの現状や課題は忘れ去られている。障害学研究者のコリン・バーンズ(Colin Barnes)教授は、これを〈Super Cripple(スーパー・クリップル)〉というステレオタイプの1種とみなした。このようなイメージが生み出す誤解によって、障碍者は、必要な行政サービスを受けられなかったり、障碍を別の能力で補うことを強いられる。

私の頭のなかでは、ナルコレプシーに関する科学、健康、宗教的な知識、そして個人的な体験が入り混じっている。私は、この病気の科学的な仕組みを知っているし、人間は幻覚によって自然と啓発されると信じているわけでもない。自分の霊的体験は、脳の奥深くで始まった神経疾患の初期症状で、それが自分の信仰心と結びついた、というのが私の現実的な見解だ。

約3年前に妊娠してから、私のナルコレプシーの症状は治まっていった。私はもう幻視を体験せず、幻聴も今のところ2〜3回しかない。日中の眠気も驚くほど改善した。年齢とともに眠気や情動脱力発作などの症状が減少することを示す研究もあるが、それがナルコレプシーの全ての症状に当てはまるかは不明だ。私の幻覚は恐ろしいものばかりだったので、もう二度と体験したくない。

しかし、幼い私のなかで渦巻いていた苦痛や怒りを思い返してみると、霊性を強く必要としていたあの頃へと通じる気がする。私の霊的体験はナルコレプシーによるものなのか、それとも自分の心が生み出したのかはわからない。だが、約19年前のあの夜、奇跡と病が、科学や信仰と完璧なタイミングで重なったのだろう。あの夜、私が神に助けを求めたとき、神は聖なるヴェール越しに手を差し伸べ、私の不完全な心に触れたのだ。

This article originally appeared on VICE US.