野球を続けたい男たち〈ルートインBCリーグ〉トライアウト

All photo by Shingo Kanagawa

2018年3月。やっと日本野球界功労選手たちの去就が見えてきた。まずはマイアミ・マーリンズからFAとなっていたイチロー(44)。古巣、シアトル・マリナーズとの契約が決定。また来年もメジャーのイチローが楽しめる。〈イチ・メーター〉を抱えたエイミーさんの姿もたくさん観られるのだ。とても嬉しい。いっぽう、シカゴ・カブスからFAとなっていた上原浩治(42)は、NPB(日本野球機構:日本プロ野球)に復帰し、こちらも古巣である読売巨人軍への入団が濃厚に。ボストン・レッドソックスに戻り、アゲアゲトランスで再登場して欲しかったけど、ここ日本で現役姿を拝めるのだから、やはりとても楽しみ。巨人は勝たなくていいけど。NPBに目を向けると、松坂大輔(37)が中日ドラゴンズに入団。すでに松坂グッズは、年俸1500万円を超える売り上げを記録した。開幕ローテにも入って欲しい。ドラゴンズは勝たなくていいけど。ニューヨーク・メッツからFAとなっていた青木宣親(36)も東京ヤクルト・スワローズに復帰。宮本慎也コーチとの火花も含めて、今季のスワローズは熱くなるだろう。更に、それぞれ東北楽天ゴールデンイーグルスと埼玉西武ライオンズから戦力外となった松井稼頭央(42)と渡辺直人(37)は、入れ替わるようにライオンズとイーグルスへ復帰。古巣のユニフォーム姿、ブルブルしますね。特にリトル松井。やっぱ寺島進に似ている。それぞれ、〈引退〉という文字が近づいて来ている選手たちだが、最後まで快投、快打、快足で大暴れしてほしい。

しかし、メジャーともNPBとも異なる道を選んだ男がいる。選んだというより、選ばざるを得なかった男だ。巨人から戦力外通告された村田修一(37)。昨季は118試合に出場して、打率2割6分2厘、14本塁打、58打点。2016年には、ベストナイン、ゴールデングラブを受賞し、2000本安打にもあと135本と迫る、現役バリバリの選手だ。しかし、若返りを図る巨人の構想から村田は外れ、2017年10月に戦力外通告されてしまった。ただ、男の中の男、村田である。そこいらの助っ人よりも確実な選手である。名乗りをあげる球団は、すぐ出てくるであろうと予想されていた。しかし、待てども、待てども、他球団からの連絡は来ず。新年を迎え、キャンプも始まるなか、いつ声がかかっても動けるようにと、男は自主トレを続けていた。しかし3月に入り、遂にオープン戦もスタート。プレーすることを最優先した村田は動くしかなかった。彼は、新しい球団を決めた。村田が選んだのは、ルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスだった。

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ルートインBCリーグは、日本の独立野球リーグのひとつ。〈BC〉とは、〈ベースボール・チャレンジ〉の頭文字だ。2006年に〈北信越BCリーグ〉として、富山サンダーバーズ、新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ、信濃(長野)グランセローズ、石川ミリオンスターズの4チームで発足され、2008年には群馬ダイヤモンドペガサスと福井ミラクルエレファンツが参戦したため、〈BCリーグ〉に改名。2014年にオフィシャルパートナーであるルートイングループが命名権を得て〈ルートインBCリーグ〉となった。その翌年には熊谷を本拠地とする武蔵ヒートベアーズと福島ホープス、2017年には滋賀ユナイテッドBC、そして、村田が入団した栃木ゴールデンブレーブスも加入し、現在は10球団、東西2地区にわかれて、前後期制で計70試合前後を戦っている。NPBとは組織が異なる、れっきとしたプロ野球リーグであるが、選手の収入はサラリーキャップ制で、支払いは公式戦中の半年間のみ。報酬は、月額10万円から最高40万円まで。そのため、選手の多くは、オフのあいだアルバイトなどで生計を立てなくてはならない。

もちろん昨季、年俸2億2千万円の村田がアルバイトをするわけではない。栃木ゴールデンブレーブスでプレーしながら、支配下選手登録期限の7月31日まで、NPB復帰を目指すようだ。しかし、これまでNPB退団後、BCリーグを経て、NPBに復帰した選手は、ほんのひと握り。現DeNA監督のアレックス・ラミレスや、高津臣吾、木田優夫などの元メジャー・リーガーもBCリーグで汗を流したが、NPB復帰には至っていない。もちろん、現役バリバリの村田だから、NPB各球団の選手にアクシデントがあれば、なにかしら動きはありそうだが、それでも安心してはいられないのが現状だ。

ルートインBCリーグは、地域スポーツの活性化を目的としているが、同時に、多くの選手をNPB各球団に入団させることを目標にしている。村田のようなパターンは稀で、実際はNPBのドラフトで指名されなかった選手たちが、NPBを目指して切磋琢磨している。実際、BCリーグからのNPBドラフト指名実績は年々増えており、2017年は最多の6名(支配下選手4枚、育成選手2名)が指名された。とはいえ、ルートインBCリーグからNPBへの道のりは、やはり簡単ではない。

2018年2月11日。千葉ロッテマリーンズが二軍の本拠地として使用しているロッテ浦和球場にて、ルートインBCリーグの入団テスト〈トライアウト〉が開催された。少年隊ヒガシのナレーションでおなじみの年末特番『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』のルートインBCリーグ版である。寒空のなか、68人の〈野球を続けたい男たち〉が集まった。卒業見込の高校生から、大学、専門学校、社会人野球チーム、軟式草野球チーム選手、さらには韓国、フランス、ウガンダの選手も参加。また、様々な事情で、大学や社会人野球の退部を余儀なくされた選手もいるという。そして目玉は、元千葉ロッテ・マリーンズの菅原祥太選手。彼は、育成選手ではあったが、1年目の昨年に戦力外通告を受けた。彼のような選手たちが挑戦できる最後のチャンスが、ルートインBCリーグのトライアウトだ。この場に臨む選手にとって、NPBは、遥か彼方の存在であるが、それでもこのステップを踏まなければ、なにも変わらないし、どこにも行けない。いちばん遠い場所にいるNPB志望選手たちの戦いが始まった。

トライアウトは9:30にスタート。投手と野手にわかれ、1次テスト合格選手のみが、午後からの実戦テストに進むことができる。野手は50メートル走から。顎が上がっている選手、ドタバタ足の選手、傾きながら走る選手。各種多様なフォームで溢れており、なかにはゴール後に転がってしまう選手もいた。

続いて、ホームからセンター方向に向けての60メートル送球。遠投ではなく、どれだけ正確に素早く送球できるかを測る。あっちいったり、こっちいったり、ワンバンしたり。すんなり相手のグラブには吸い込まれない。

次は、守備、送球テスト。それぞれがポジションについて、シートノックを受ける。外野手はサードとホームへの返球、内野手はファーストへの送球からダブルプレー、バックホームまで。捕手はバント処理、盗塁を想定したセカンドへの送球など。「もういっちょー!」「ナイスプレー!」全員が声をあげ、一気にグラウンドが引き締まった。

最後の1次テストは、フリーバッティング。90秒間、バッティングピッチャーの投げるボールを打つ。快音とともに軽々とフェンスを越える選手もいれば、ケージのなかで鈍い音を響かせるだけの選手も。みなさん、ケツがでかい。

投手の1次テストは、ブルペン投球。野手の50メートル走以上に、様々なフォームの選手がいた。オーバースロー、サイドスロー、アンダースロー。投げるたびに帽子を落とす投手、投げるたびにメガネがずれる投手、帽子を忘れたのか、髪の毛を振り乱す投手。江夏、伊良部を思わせるヘヴィ級ピッチャーもいたし、西崎、岸を思わせるトレンディー・ピッチャーもいた。もちろん捕手もトライアウト参加選手だ。フランス人の彼も捕手だった。ピッチャーに向かって「ガンバレ、ガンバレ、モット、モット!」を連呼。「ナイスピッチ!」とかのほうがいい気がする。そのうしろには、ルートインBCリーグの若い審判たち。「…ッットライーク!!」ちょっと間をあけるところがニクイ。更にそのうしろには、スピードガンを抱えたスタッフの姿。「115キロ〜」「128キロ〜」都度、球速が発表される。なかには140キロ台の投手もいた。

1次テスト終了。1塁ベンチ前に、各球団の首脳陣が集まる。そのなかには、ヤクルト・スワローズの超伝説的投手であり、今期から富山GRNサンダーバーズの監督になった伊藤智仁氏の姿もあった。思ったよりめちゃデカかった。スタッフが参加選手の名前を呼びあげる。首脳陣が挙手すれば合格。2次テストに進める。

選手たちは、3塁ベンチ前で、不安そうにこちらを眺めている。当初、菅原選手に手は上がらなかったが、「ちょっとまった! やっぱり合格」と追加された。選手たちにも合格者が発表された。68人から27人になった。

2次テストは、13:40スタート。投手、野手交えての実戦だ。各投手は3〜5人の打者と対戦し、打者も3〜4打席は回ってきていた。フランスからやってきた彼は、ヒットを連発。いっぽうの菅原選手から快音は聞かれなかった。また、ストライクが入らないピッチャーに苛立つバッターもいた。せっかくのチャンス、フォアボールじゃアピールできない。ケージの斜め後ろには、黒光りする、いかつい男がどっしり椅子に座ってメモを取っていた。元メジャー・リーガーで、福島ホープス監督の岩村明憲氏だった。投げ終わった高校3年生投手に声をかけていた。さっきのトレンディーピッチャーだ。15:20終了。素人目に「フランスの彼は当確でしょう」と予想してみたが、果たして…

2次テスト終了後、控室で各球団の首脳陣によるドラフト会議が開かれ、すぐさま指名選手が発表された。そのなかにフランスの彼、菅原選手の名前はなかった。岩村監督率いる福島ホープスは、トレンディー高3含む投手をふたり指名。福井ミラクルエレファンツ、滋賀ユナイテッドBCも投手をひとりずつ、武蔵ヒートベアーズは韓国の外野手を指名したが、新潟、信濃、群馬、栃木、富山、石川からはゼロ。指名選手数、計5名。昨年のNPBドラフトで指名されたBCリーグ選手より少ない人数だ。NPBどころか、ルートインBCリーグへの入団も茨の道なのであった。

今回のトライアウトで指名された選手は、今シーズン、村田選手と戦うことになる。状況は違っても、共にNPBを目指す野球選手だ。トレンディーのボクちゃんが、オトコ村田に挑む姿も拝めるかもしれない。とても楽しみだ。しかし、彼らの目線はNPBにある。ルートインBCリーグは、通過点に過ぎない。7月31日、村田修一はどこのグランドに立っているのか。今年のNPBドラフト会議、ルートインBCリーグからは、何人の選手がNPBへと旅立つのか。まもなく2018年シーズン開幕。今年はファイターズだけでなく、夢と希望にあふれたルートインBCリーグ10球団の選手たちも応援していきたい。