タイにハイシーズンが到来した。タイは11月頃から来年2月頃までピークが続く旅行シーズンに向けて、観光客を迎え入れる準備を進めていた。しかし今年、この東南アジアの国が期待しているのは別の意味での〈ハイ〉だ。
2022年6月に待望の大麻合法化が実現されて以来、タイは着実に〈アジアのアムステルダム〉へと変貌しつつある。コロナ後の新たな幕開けを象徴するかのような今回の自由化によって、同国は大麻ビジネスの全国展開とグリーンラッシュ参入を見込んでいる。
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そのひとりが、Bambi420のステージネームで知られるレゲエシンガーで、パタヤ市で雰囲気のいい大麻ショップ〈Wichai Paipar Shop〉を営む共同経営者のアミッタ・チャオフェディ(Amitta Chaophetdee)だ。パープルのライトの下で、アミッタの顧客たちは店が厳選した大麻製品から好きなものを選び、カウチでくつろいだり、ハイになりながらビリヤードを楽しむ。
8月にオープンして以来、パートナーシップを求めるブランドや大麻卸売業者が急増するとともに、熱心な客が大挙して押し寄せているとアミッタはいう。
「6月のある朝、目覚めると夢が現実になっていました」とアミッタは今年10月、VICE World Newsに語った。「そのおかげで大麻の売買がもっとスムーズになり、(僕たちを)邪魔するひとはいなくなりました」
それから約5ヶ月が過ぎ、合法化のお祭り騒ぎは落ち着きつつある。しかし、タイの大麻をめぐる状況はそうではない。今日に至るまで、この植物の厳密な規制は存在しないのだ。
大麻は長年の待望の末、今年6月9日にタイで完全に合法化され、薬物への厳しいスタンスで知られるアジア地域での初の試みとして、国際ニュースの見出しを飾った。しかし、合法化から数ヶ月、タイでは大麻による入院や〈オーバードーズ〉疑惑の報道が相次ぎ、混乱を招いている。大麻の蔓延を野放しにしているとして国会議員を非難したり、再犯罪化を求めるなど、政治家や専門家からの反対の声も多い。
タイの次の総選挙が来年5月に仮決定するなか、多くの政治家が10月初旬に起きた銃乱射事件を即座に薬物使用に結びつけるなど、大麻の政治性は高まる一方だと観測筋は指摘する。
この政治ゲームのまっただ中で最も大きな影響を受けているのが、貯金を投げ打ってビジネスに飛びついた小規模な大麻関連企業の経営者たちだ。
「(政府が)ルールをつくるというなら従います」と今回VICE World Newsが不明瞭な規制について話を聞いたタイの4軒の大麻ショップ経営者のひとり、アミッタはいう。「僕たちは最終決定を待っています。今のままでは混乱するばかりです」
事業主たちは旅行シーズン最盛期を前に楽観視しようとしているものの、やはり待つことに不安を感じている。大半が合法化が完全に覆されることはないと予想しているものの、規制が間近に迫っているという事実は、ビジネスの行く先に暗雲をもたらしている。
「法律が変わるのではないかとすごく心配です」と大麻ショップ〈Kush House Phuket〉経営者のチェ・チュトン(Chet Chuthong)はVICE World Newsに語った。「(大麻が)すでに合法化されたので、再び違法にするのは簡単ではないと思います。ですが、規制はより厳しくなるでしょう」
タイが2018年12月に大麻の医療目的での使用を合法化したあと、議題が娯楽使用の解禁に向かうまでさほど時間はかからなかった。大麻解禁を主導したのが、2019年の総選挙中に大麻フレンドリーな公約を打ち出し、10.33%の票を獲得してプラユット・ジャンオーチャー(Prayut Chan-o-cha)首相率いる親軍政権の与党第2党となったタイの誇り党だ。
選挙公約を遂行するべく、タイの誇り党のアヌティン・チャーンウィラクン(Anutin Charnvirakul)保健相は、国がパンデミックから抜け出す鍵を握る数十億ドル規模の換金作物として大麻を大々的に宣伝し、大麻草100万本を家庭栽培向けに無料配布すると約束した。6月9日が近づくと、THC(テトラヒドロカンナビノール:向精神作用のある主成分)含有量0.2%以上の大麻抽出物をのぞくすべての大麻が、国の麻薬指定リストから除外された。
合法化の直前に、当局は公共の場でのジョイント喫煙が公的不法妨害にあたる恐れがあると警告したものの、この行為については厳密に規定されておらず、明らかに意図的に除外されている。
大麻使用者が初めて合法的に入手した大麻の蕾の購入を祝う一方で、わずか数日後にはパニックの波が広がった。合法化から1週間足らずの6月14日、バンコクのチャッチャート・シッティパン(Chadchart Sittipunt)都知事は、10代の若者を含む4名が大麻使用後に入院したと発表し、その原因を「オーバードーズ」と説明した。
規制の欠如と大麻の入手しやすさへの批判が高まるにつれ、政府は6月半ばに緊急声明を発表し、大麻自由化の最も明らかな抜け穴に対処するべく、20歳未満の若者と妊娠中・授乳中の人びとへの販売を禁止した。
しかし、このような断片的な取り組みでは、モラル・パニックの拡大を食い止めることはできなかった。それから数ヶ月、学生が校内で密かにハイになったり、同級生に大麻製品を売るなど、大麻を乱用する若者の報道が続いた。8月には、3歳の幼児が偶然大麻入りのブラウニーを口にして病院に搬送されるという、全国の親が震え上がるような事件も起きた。
土壇場で決められた規則以外は、例えば広告、販売、飲酒運転などの危険行為に対する罰則など、アルコールやタバコと同等の大麻関連法はいまだに存在しない。このような不十分な規制下の公衆衛生を懸念し、7月以降から1000人以上の医師と多数の地方医療関係機関が、合法化の見直しを訴えてきた。
タイの法医学者連盟〈Forensic Physician Association〉の代表で、このキャンペーンの指揮をとる医学関係者のひとり、スミス・スリソン(Smith Srisont)は、大麻の娯楽目的での使用には反対しないものの、未成年者が簡単に入手できないように政府が手を打つべきだと語る。彼によれば、国会議員の軽率な判断が問題だという。
「私たちは世界の他のどの国よりも自由に大麻を使えると思います。タイでは、取り締まる法律ができる前は大麻は野放し状態でした」と彼はVICE World Newsに語った。「規制前に大麻を放置していたのが非常にまずかった。(合法化の)前に規制があれば、こんなことにはならなかったでしょう」
合法化前日の6月8日に第一読会を通過した〈カナビスとヘンプ法案〉は、この不足を補うことが目的だった。9月に第二読会に持ち込まれる前に当局が発表した情報によれば、オンラインでの大麻販売・宣伝が禁止され、20歳以上のタイ国民だけが商業目的で大麻を栽培できるという内容だった。さらに、20歳未満の若者と妊娠中・授乳中の人びとへの販売規制も明記されていた。
しかし、反対派──主にタイ貢献党と連立パートナーのタイ民主党──が同法案には抜け穴があり、国民の娯楽目的での使用を制限するには不十分だとして、9月の会期中に取り下げに投票したため、同法案は議会で立ち往生している。立法議会議長は11月2日の議会再招集でこの法案について議論する時間はないかもしれないと語り、来年に予定されている総選挙が議会の風向きを一変させるかもしれないことを踏まえると、この法案の先行きは不透明だ。
ジャーナリストから政治アナリストに転身したウォラナイ・ワニチャカ(Voranai Vanijaka)は、政府が時期尚早に大麻を麻薬指定リストから除外したとVICE World Newsに語り、スリソンと同様、まず最初に規制を設けるべきだったと主張した。
「タイの誇り党は、誰でも大麻を栽培し、料理し、食べ、販売していいと言い、そうすればみんなが裕福になれると主張しています」と彼はいう。
「でも、結局私たちは我に返りました。ちょっと待てよ、年齢制限や売っていい相手、売ってはいけない相手など、規制が何もないじゃないか、と。そうして何もかもが崩壊していったんです」
「そもそも最初の法案をあんな風に通過させるべきではなかった。法案と並行して規制を完成させるべきでした」
今年10月はじめ、タイ貢献党は選挙管理委員会に対し、大麻合法化を票集めのための中途半端な政策に利用したとして、タイの誇り党の解散を求めた。しかし、翌日に撤回されたこの要求は、選挙シーズンを前に緊張が高まるなか、大麻をめぐる議論をさらに白熱させただけだった。
ウォラナイは、すでに国民の議論の的となっているこのトピックは、来年の選挙が近づくにつれて、さらに政治色が強まるだろうと予測している。
「(大麻関連法案が反対派によって)足止めを食らっているのは、この法案が次の選挙戦において非常に便利な政治的ツールだからです」と彼は語る。「彼らは規制に向けて動いていますが、今の政情はかなり不安定です。首相が次の選挙のためにいつ議会を解散するかもわかりません」
10月には、さらに事態を紛糾させる恐ろしい出来事が起きた。10月6日、自動小銃とナイフを持った元警官が単独で保育園を襲撃し、多数の子どもを含む37名を殺害した。近年最悪の集団殺人事件によって、タイは大混乱に陥った。また、事件直後に犯人の覚せい剤依存症が政界とメディアの注目を浴びたことで、国内の薬物と銃器の問題について国民的議論が巻き起こった。
それ以降、麻薬の押収や薬物使用者による同様の襲撃事件の報道が相次ぎ、大麻への世論が揺らいでいる、とウォラナイは指摘する。
「もちろん、(集団殺人に)結びつけられている薬物は大麻ではありません。しかし、世論においては麻薬は麻薬。感情的な問題なんです」と彼はいう。「このような社会の風潮と、薬物が再び絶対悪になったことで、大麻も騒動に巻き込まれています」
タイ保健省の担当者は、当初はVICE World Newsの取材依頼に応じていたものの、その後の連絡に対する回答はなかった。
大麻産業の未来をめぐる議論が激化するにつれ、投資を控えて規制の制定を待つひともいる。今年11月に開催される予定だった国内最大級の大麻の祭典〈パン・ブリラム〉の主催者は、具体的な規制の発表まで同イベントを無期延期とした。大麻ビジネスに熱心な投資家たちは、大麻産業への進出計画を延期しながら、政府に法の明確化を求めている。
しかし、政情をそこまで気にかけていないひともいる。長年の大麻推進者で、バンコクで大麻調剤薬局を経営するキティ・チョパカ(Kitty Chopaka)は、来年1月の大麻フェアに向けて準備を進めながら、業界に関心のある有望な雇用主や従業員を歓迎している。彼女は十分な財力さえあれば誰でもすぐに利益を得られるタイの無秩序な大麻シーンを「西部開拓時代」と表現した。
「議会の中でも外でも、政党同士での議論が続く限り、お金は生まれ続けます」と彼女はVICE World Newsに語った。
2025年までに12億ドル(約1640億円)規模への成長を見込まれているタイの大麻産業には、合法化が確定する前から、多くのひとが参入していた。その中には、バンコクにワンストップの大麻娯楽施設の建設を計画しているマレーシアの実業家グループなど、急成長するシーンに居場所を確保しようとする国外の投資家も多い。6月に合法化が決まった翌日には、大麻栽培志望者の登録を行う政府のアプリ〈PlookGanja〉は、大麻栽培を望む人びとから900万件を超える申し込みが殺到したためにクラッシュした。
ニュースレター〈Cannabis in Thailand〉を運営する政策アナリストのカール・K・リン(Carl K. Linn)は、合法化以降、魅力的なビジネスチャンスによって規制の不確実さの影が薄れ、このシーンが「完全に爆発」したと説明した。
「すぐに儲かるという事実が、将来独立してやっていけるかというリスクへの懸念を薄れさせています」と彼はVICE World Newsに語った。「このビジネスではとんでもない利益を生み出すことができます。しかも、ハイシーズンはまだこれからです」
現地の大麻ショップのオーナーたちは、このビジネスの魅力を身をもって実感している。オウ・ラクソン(Owe Laxson)が最初にパッタヤに〈LA CHOZA〉をオープンしたとき、彼はひとりで店を回していた。今では11人の従業員がいて、オープン以降1日も休んでいないという。ラクソンは新たな規制について「全く」心配していないとVICE World Newsに語った。
「(大麻が)再び禁止されることはないと100%確信しています」と彼はいう。「結局はお金がすべてですから。この国は大麻ビジネスで大儲けできます」
パッタヤの〈Budtender Ganja Dispensary〉の1日の収入は約5万〜10万バーツ(約19万6000〜39万2000円)だと、オーナーのパンプ・チッティラ(Pump Chittira)とファー・ウィリアムソン(Fah Williamson)はVICE World Newsに語った。ファーは2人が「この仕事でできるだけたくさん稼ごうとしている」というが、ラクソンとは違い、彼らの経営判断は規制の不確実性と取締りの可能性に影響を受けていると語った。
「先に進むのにも、他の支店をオープンするのにも不安があります。散々お金をかけて突然『こういう商売はダメだから全部閉店しろ』なんて言われたら大変ですからね」とファーは語る。「(規制が決まれば)関係者はホッとするはずです」
「結局のところ、国は合法化したくせに最初から何も決めていないので、何もかもがめちゃくちゃになっているんです。もう一度違法にするのも、端的に言えば政治ゲームに過ぎません。このコミュニティにとっては迷惑なことです」
その政治ゲームは今、業界の出資者と政敵の間で板挟みになっているタイの誇り党にとって、不利に働きつつある。しかし、大麻が同党にとっての政治的有用性を失ったとしても、グリーンラッシュが国中を席巻するなか、もう後戻りできないところまで来ていると業界関係者は語る。
「政治からは誰も逃れられません。でも、これは政治を超えた問題だとわたしは考えています」とキティはいう。「すでに水門は開かれました。門が吹き飛ばされ、ダムは崩壊し、水が押し寄せてきています。もはや引き返すことはできません」