コカインが脳の毛細血管に与える悪影響

パブロ・エスコバルが怖いだけでは、コカインの需要は増えなかったはずだ。恫喝、暴力である程度の需要は増えるだろうが、それだけではエンド・ユーザーは増えない。となると、パブロ・エスコバルの怖さ以上に、エンド・ユーザーに訴えかけるコカインのポテンシャルがあるにちがいない。経済的、社会的、精神的、〇〇的、◯◯的、その他さまざまなポテンシャルが考えられるが、タイトルに「脳」と謳う以上、些か生真面目に、コカインのポテンシャルを追求してみたい。

体内でコカインは何にどう働きかけ、ドラッグの王座をキープし続けているのか、特大雑把にまとめてみた。コカインをコカインたらしめる理由は、脳内でのコカインの活躍にありそうだ。

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まず、コカインの摂取方法は、鼻からの吸引、喫クラックが、ポピュラー。この点にまず、ブレイクの第一因がある。なぜか。鼻粘膜<肺(脚注①)からの摂取は効率がいい。嚥下では肝臓を通過しなければ、血液の体循環システムに参入できない。しかも、代謝されてしまう。鼻粘膜<肺から摂取されたコカインは、即座に、体循環システムに入り込む。

静脈注射なら血液直だ、ああだこうだ、といったアウトロー自慢はここでは遠慮ねがいたい。あくまでこの話は、娑婆太郎による娑婆野郎のための一般的なコカイン・トークだ。よりディープなドラッグ談義がしたい猛者はcocaine@vice.comにメールをいただければ幸いだが、そんなメール・アドレスは無い。

閑話休題。システムに踊り込んだコカインは、当然、脳に到達する。脳に到達すると、コカインの特徴が破壊力を発揮する。脳に張り巡らされた毛細血管から、脳内に余計な物質が紛れ込まないよう、血管と脳細胞の間には「血液脳関門」という読んで字のごとく、関所がある。ここで脳内への侵入を防がれるのは、高分子、電荷を帯びた分子である。コカインをはじめとする覚せい剤の類いは、電気的に中立な低分子であるため、「血液脳関門」なる関所を何の苦もなく突破してしまう。これが、コカイン大ブレイクの第二因だ。いささか難解な専門用語が並んでしまったが「血流にのったコカインはいとも簡単に脳内に侵入する」といった理解で充分だ。筆者もなんとなく、説得力を増すべく、小難しい単語を悪用しているに過ぎない。

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さて、コカインが脳細胞に入るといかなる働きをするのか、ここからがコカインの真骨頂だ。脳細胞に入ると、コカインはシナプスを刺激する。シナプスは、異なる神経細胞ニューロン同士を連結する役割りを果たしている。シナプスとは、シナプス前膜、シナプス後膜、シナプス間隙の総称である。これだけでも、皆様、拒否反応を示すであろうから、ここではシナプス内部への言及は避けるが、とにかく、コカインはシナプスを刺激し、ドーパミンに代表される興奮物質の放出を促す。ちなみに、興奮物質には、ノルアドレナリン、セロトニンもあるが、ここでは、ドーパミンに限らせていただきたい。ドーパミンは、放出された後、シナプス経由でニューロンからニューロンへ伝達する。

促すだけだけであれば、大したことはない。われわれの脳は、日常、コカインをキメなくても興奮物質は放出している。恋におちた哀れな子羊の脳内は、コカインを摂取した猛り狂う狼の脳内と全く同じである、との研究結果を発表した酔狂な学者もいる。それならば、わざわざコカインなど摂取せず恋をすればいいじゃないか、とのピースフルなコメントが聞こえそうだが、ラブ・アンド・ピースで世界は救えないので、そのテのフリー・セックス・ジャンキーは、見えないところで乱交パーティでも繰り広げていただきたい。何はともあれ、コカインは、興奮物質を放出させた後、遂に真価を発揮する。それこそが、コカイン大ブレイクの第三因である。

それは何か。実は、シナプス、ニューロン間で伝達される許容量以上のドーパミンが放出してしまう。余剰ドーパミンは、シナプスの働きにより回収されるが、それは飽くまで素面時に限った機能で、コカイン摂取時は、コカインによりシナプスのドーパミン回収機能が停止しする。そうなると、神経細胞内のドーパミンは、自らが細胞内から消え失せるまでシナプスを経由して、ニューロン間を暴走機関車のごとく、とにかく駆け巡る。詰まるところ「コカインは、シナプスのドーパミン回収機能をストップさせる」。これこそ、コカイン大ブレイクの第三因だ。蛇足ではあるが、日本が誇る覚せい剤「シャブ」はコカインより長い時間、シナプスのドーパミン回収機能を停止させてしまう。

パブロ・エスコバルより怖いコカインを特徴付ける以上の三要素が、今まで以上に多くのコーク・ヘッドを、今後も輩出し続けるだろう。それに加え、コカインは技術革新にも寄与しているようで、なんと、コーク・ヘッドの脳内を覗き見る奇特な技術もあみ出した。科学雑誌『バイオメディカル・オプティクス・エクスプレス(Biomedical Optics Express)』(2014)に掲載された発表で、ニューヨークのストーニーブルック大学とアメリカ国立衛生研究所の研究者たちの実験により、健康なマウスに「長期的にコカインを負荷投与し続けると、血管収縮と局所貧血が引き起こされる」ことが明らかになった。

左上下は通常のマウスの脳、右上下は長期に渡ってコカインを投与し続けたマウスの脳。右は明らかに暗く、血流が悪くなっているのがわかる

コカインによる脳の血管収縮は、新たな発見ではなく、以前から知られていた。コカイン・ザ・グレートの三大要素を踏まえれば、その効果は交感神経に及び、血管が収縮するなど当たり前田のクラッカーだ。血管が収縮し、血流が速くなってこそ、われわれは多幸感、陶酔感、高揚感、その他の●●感を味わえる。ウィリアム・ジェイムス風に云えば、●●感があるからこそ、血管が収縮し、血流が速くなるのかもしれない。どちらにせよ、長期的にコカインを摂取すれば、全身の血管がズタボロになるのは明白だ。

コーク・ヘッドの脳内を可視化が実現する可能性を帯びてきた、そんな期待が研究者のあいだで膨らんでいるのだろう。それにしても何のために、斯様な研究が進められているのか、われわれには知る由もない。コカインが脳に与える悪影響がわかったところで、研究者たちは、何をしようというのだろう。ジャンキーの治療でもしようとしているのだろうか。もしそうであれば、なんともナンセンスだ。

コカインの次に怖いパブロ・エスコバルが築き上げたコカイン循環システムは今日もフル稼働し続けているのに…

(脚注①)「コカインよりもクラックの即効性が大きい」の意味