リーズ・トリニティ大学のケイト・リスター博士が、世界の人びとの愛、セックス、結婚へのアプローチ方法をひも解いていくコラム。リスター博士は世界でも有数のセックス史研究者で、一風変わったセックスのアプローチから、私たちが学ぶべきことを教えてくれる。
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地球に存在する配偶者探しの儀式は全て、結局のところ、意中の相手にどれだけ強い印象を与えられるかにつきる。サルならお尻を出すし、人間ならTinderにセルフィーを載せるが、どれもこれも自らのすばらしさを誇示する行為であることに変わりない。
しかし、例えば英国人、もしくは日本人のように、特に男女の関係において、自分の売り込みが苦手な国民もいる。私たちはまごついて、自身最大のセールスポイントをないがしろにしてしまう。なぜなら私たちは、いくら自分を売り込みたいからといって、自己顕示欲が強い目立ちたがり屋だと思われたくないからだ。そんな私たちに学びを与えてくれるのが、アフリカの遊牧民ウォダベ。彼らはニジェール、カメルーン、ナイジェリア、チャドを移動して生活している。
ウォダベには美しいひとが多い。そして彼らは、自らの美を謙遜しない。照れて控えめになったりもしない。実際、ウォダベの人びとは〈世界いちのうぬぼれ屋〉と称されている。〈うぬぼれ屋〉という言葉が正しいか否かは怪しいが、とにかくウォダベの文化の中心に〈美〉があることは確かだ。
それって別に普通じゃないか、と思う読者もいらっしゃるだろう。私たちの文化にだって、美しい身体のイメージがあふれている。しかし、ウォダベの場合は少々違う。重要視されるのは女性よりも男性の美。メイクに何時間もかけるのも、女性ではなく男性なのだ。もちろん、ウォダベの女性だって見た目にはかなり気を遣う。しかし男性が日々の美容ルーティンにかける時間と比べたら、雲泥の差だ。
1965年以来、ウォダベを記録してきた人類学者/映像作家メッテ・ボヴィン(Mette Bovin)によると、「ウォダベの若い男性が朝起きて最初にするのは、小さな手鏡を見つめ、自分の顔をチェックし、きれいに整えることである(中略)。家畜の世話も、その朝の儀式を済ませてからだ」。ウォダベの男性は毎日、目の周りに黒いメイクを施す。目をより大きく白くみせるためだ。そして精巧なジュエリーと甘い香水を身につけ、長い髪をブレイズにし、ビーズで飾り、それを背中のほうに垂らす。長く豊かな髪の男性は、特に美しいとみなされる。ウォダベ文化において、超絶ハンサムだとみなされた男性は〈kayeejo naawdo(〈痛みを伴うひと〉の意)〉と呼ばれる。かっこよすぎて、見つめていると痛みを感じる、という意味だ。
〈ウォダベ(Wodaabe)〉とは〈People of the Taboos(タブーの人びと)〉という意味。彼らの文化には数々の守るべき規範があり、それが彼らの生活を構成している。例えば、ウォダベの人びとは愛する者を下の名前で呼ばない(人混みに紛れてしまったらきっと大変だろう)。ウォダベでは、愛する者に過剰な愛情を注ぎすぎないことが敬意の印であり、相手の下の名前を呼ばないこともそれに含まれるのだ。さらに、衛生、食事、そしてセックスについても厳しいタブーがある。
ウォダベの女性も男性も、初婚の相手は幼い頃に親が決める。しかし彼らの文化は、一夫一妻制ではない。既婚者で恋人がいても何ら恥じることではないのだ。ただ、重婚は固く禁じられている。ウォダベの社会は家父長制だが、セックスに関しては女性が主導権を握る。それを如実に示すのが年にいち度の〈ゲレウォール〉。男女の出会いの場となる祭りで開催される〈美男子コンテスト〉だ。そこでは男性が競い合い、女性が審査する。
参加する男性たちは何日もかけて準備をし、当日も最大6時間かけて入念に着飾る。頭の前方を剃り、ブレイズにした髪は貝で飾る。アイメイクはもちろんのこと、顔全体にサフランや黄土を塗り、顔を黄や赤に染める。唇は、歯の白さを際立たせるために黒く、頬と鼻筋は白く塗る。ウォダベは、キム・カーダシアンなどよりもずっと前からコントゥアリングを実践してきたのだ。衣装は、精巧な刺繍が施されたローブ、鮮やかなフェザー、そして色を塗った貝殻でつくったジュエリー。みんなの準備が整ったら、ダンスの時間だ。
ゲレウォールで踊るダンスは〈ヤーケ〉と呼ばれる。40℃の気温のなか、男たちは目と歯をむき出しにしながら何時間も踊り続ける。真珠のように白くきれいな目と歯で、女性審査員に強い印象を与えるためだ。彼らは大声で歌い、ぴょんぴょんと飛び跳ねてスタミナを見せつける。高齢の男性や女性たちは、ダンサーの列を端から端まで走りながら応援し、より複雑でエネルギッシュな動きを見せるよう発破をかける。ナンパをしようと意気込んでいるところを母親に応援されている、という感じだろうか。
ゲレウォールでの男たちの闘いは、良い意味で気合がすごい。審査員はかつてのゲレウォール勝者の娘など、格式の高い娘たちなのだ。審査員に選ばれた男性は、タスキと王冠を得るだけではない。彼らは審査員とセックスをする権利を得る。たとえどちらかが、あるいは双方が既婚者であっても、だ。さらに審査員の女性は、勝者によって現在の夫から〈盗まれ〉、再婚に同意することもできる。ただ、最高の美男子と出会ったからといって絶対に夫と別れなければいけないわけではない。一夜のセックスを楽しむことも許される。
審査員が男性を見初めたときは、軽く片手で合図する。日没後、ふたりは静かに茂みに消え、一夜を共に過ごす。愛を交わすさいには、ゲレウォールのあいだ、ずっと男性が肩にかついでいたヤシの葉マットの上に横になる。
美男子として選ばれることは男性にとって最高の栄誉であるため、参加者、審査員の配偶者は、自らの伴侶に新たな愛人ができることを望む。それは祝うべきこと、讃えるべきことなのだ。もちろん嫉妬が芽生えるときもある。しかし、ウォダベの女性には〈munyal〉と呼ばれるすばらしい特質が備わっているとされている。すなわち、全ての物事における忍耐、特に夫の愛人に対する忍耐だ。しかし愛人は置いておいても、美男子として選ばれるために、何日も洗面所に閉じこもって準備をする夫に耐えるのでさえ、かなりの忍耐力が必要だろう。
私たちにとっては、この上なく見目麗しい愛人とセックスしてらっしゃい、と自分の配偶者を祭りに気持ち良く送り出すことは難しい。しかし、ウォダベの人びとにとって、複数のパートナーをもつことはその人の魅力の表れなのだ。彼らが自分の見た目に抱く自信とプライドは、彼らのオープンなセックス観に由来している。私たちがデートアプリの自己紹介を書くだけで苦しんでいるいっぽう、ウォダベの人びとは、相手に直接〈私はあなたをセクシーだと思っている〉と伝えられる自信があるのだ。私たちに必要なのも、あと少しの自信なのかもしれない。