ヘルペスの起源は〈ロマンティックな〉キス?──最新の研究が示唆

40億人近くが感染しているといわれる顔面ヘルペスは、5000年前に発生した可能性があることが、初の試みとなる研究で明らかになった。
Modern facial herpes, which infects nearly four billion people, may have emerged 5,000 years ago, according to a first-of-its-kind study.
Image: Tim Flach via Getty Images

現代を生きる人類の大多数が感染しているといわれる顔面ヘルペス。この度、ある研究チームが史上初めて数千年前の人間の古代のDNAを使用し、その原因となるウイルスのゲノム配列を解読した。

その結果、単純ヘルペスウイルス1(HSV-1)として知られるこの極めて一般的なウイルスの起源と広がりについての新たな見地が開け、青銅器時代における愛情表現としてのキスの流行との関連が示唆された。

HSV-1は口から口への接触によって伝播し、顔面ヘルペスや口唇ヘルペスを引き起こす一方、単純ヘルペス2型(HSV-2)もしくは性器ヘルペスは、性行為によって感染する。50歳以下の人口67%が感染しているといわれるHSV-1はヒトだけにとどまらず、何百万年にもわたって、霊長類、魚、サンゴ、その他あらゆる生物に感染する株を進化させてきた。

今回、科学者たちは4人の顔面ヘルペス感染者の歯を使って、ウイルスの遺伝子シグネチャーを分析した。その4人とは、少なくとも1500年前にロシアのウラル山脈付近に住んでいた成人男性、英国ケンブリッジ近郊に埋葬されていたほぼ同時期に生きていた女性、その約1000年後に同じくケンブリッジの墓地に埋葬された男性、1672年にフランス軍によって虐殺されたと思われるオランダのパイプ喫煙者の男性だ。

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この研究が行われる前の最古のHSV-1のゲノムは、1925年にニューヨークに住んでいた男性のものだったので、最新の研究結果によって、このウイルスの動きをより大局的にとらえることが可能になった。その結果、7月に『Science Advances』に掲載された論文によれば、HSV-1の優勢株は約5000年前に発生した可能性が高く、「性的でロマンティックなキスの出現などの新たな文化的慣行の導入と関係している可能性がある」ことが判明した。

「当時、ヘルペスのゲノムそのものもしくは人間の何らかの行為、さらにウイルスの伝染の仕方が変化したことで、この株は以前の株を打ち負かすことに成功しました」とオックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジの研究員で同研究の上席著者のクリスティアーナ・シャイブ(Christiana Scheib)は電話で説明した。

「通常ヘルペスは親から子へ感染するため、(ウイルスの状態は)比較的安定します」とタルトゥ大学の古代DNA研究所所長でもあるシャイブは付け加えた。「しかし、例えばロマンティックなキスなどの行為をするようになり、肉親以外の誰かにうつしたとすれば、それがこの株が(他の株を)打ち負かす原因になり得ます」

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パイプ喫煙者。IMAGE: DR BARBARA VESELKA

シャイブは、HSV-1の媒介としての古代のキスについて調査を重ね、人類学者、歴史家、その他の専門家の意見も取り入れるべきだと訴えた。遺伝学者から成る彼女のチームは、南アジアの青銅器時代のベーダ語の文献やローマ皇帝ティベリウスが発布したキス禁止令を含め、キスとウイルス蔓延の関連を裏付ける歴史上の記述を提示しているが、キスは決して世界的な習慣とはいえないことも強調した。

「とても心惹かれる解釈ですが、正しいとは限りません」とシャイブはキスとの関連について語った。「この株がより定着しやすく、感染しやすいのかもしれません。もしくは、ヨーロッパへの人口流入による青銅器時代初頭の人口動態の変化が原因かもしれません。飲み物の器を共有したり、他の接触によっても感染します」

現在のHSV-1株がいかにして勢力を伸ばしたのかは定かではないが、この株はライバルをしのぎ、世界数十億の人びとに感染している。先の研究では、同ウイルスの起源がアフリカから人類が移動した数万年前にさかのぼると判明したが、今回の研究の4人から抽出されたDNAは、この優勢株が約5000年前という比較的最近に発生したことを示唆しており、2020年の研究結果を裏付けている。顔面ヘルペスが先史時代に存在していたことは確かだが、今回の研究で、当時のウイルス株は現在流行しているものとは異なる可能性があるとわかった。

HSV-1の歴史をさらに深く理解するため、シャイブは彼女もしくは他のラッキーな研究者が、数万年前に生きていた人類(もしくはネアンデルタール人)に顔面ヘルペスの痕跡を発見することを願っている。古代のヘルペスのゲノムを現代の株と比較することで、人類史におけるウイルスの進化の流れを辿ることができるかもしれない。

「ぜひもっと古いサンプルを入手したいです」とシャイブはいう。「(現生人類とネアンデルタール人の)異種交配がより明らかになる」ため、「ネアンデルタール人のヘルペスが見つかれば本当に興味深い」と彼女は語る。

「人と人が出会うと病原体を共有するので、4万5000年〜5万年前に菌の動態がどのように展開していたかが非常に気になります」と彼女は結論づけた。「古代の人間のヘルペスウイルス株とはどのようなものだったのか? どれも似通っていたのか? 全く違ったのか? 人びとはそのウイルスを共有していたのか? この疑問を追究できるとしたら、それが私たちの次なる目標です」