145万年前の人類は〈共食い〉をしていた?

脛骨の化石に残された切り傷は、人類の近縁種が仲間の死骸から肉を削ぎ、その残骸を食べていた可能性を示唆している。
人肉食 カニバリズム 最古 屠殺
Image: Briana Pobiner

科学者は、古代の人類の近縁種が同族の個体に食肉処理を施し、肉を削ぎ、食べていた可能性を示す最古の証拠を発見した。ケニア北部の145万年前の脛骨の切り傷から、この事実が明らかになった。

古代の化石につけられたこの9つの傷跡は、おそらく肉を食べるために骨から切り離す過程で、石器によってつけられたものとみられる。これまでにも古代の頭蓋骨から食肉処理の痕跡が発見されているが、この切り傷は、人類の近縁種が親戚の体から肉を削ぐのに道具を使ったことを明示する最古の証拠だ。

人間は、数百万年前にアフリカで誕生した〈ホミニン(ヒト族の総称)〉のわずかな生き残りだ。わずか数十万年前までさまざまなホミニンが近縁種を屠殺し食べていた証拠は多数確認されているが、その行為の起源は明らかになっていない。化石記録でさかのぼることができるのは、約80万年〜250万年前の前期更新世までだ。

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Image: Briana Pobiner

このたび、スミソニアン国立自然史博物館の古人類学者ブリアナ・ポビナー(Briana Pobiner)率いる研究者チームは、学術誌『Scientific Reports』に6月26日に発表された論文で、「更新世初頭のホミニンの頭蓋骨以外の化石に確認された、最古(にして史上初)の切り傷」を提示した。

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古代の脛骨の化石〈KNM-ER 741〉に付けられた切り傷を調べた結果、研究者たちは足の肉がホミニンによって食べられたとすれば、それは「儀式的な意味を帯びているというより、単純に食糧獲得の文脈で発生した偶発的、実際的、合理的な活動」だった可能性が高いと結論づけた。

「古代のホミニンが他のホミニンを屠殺していたということの最大の意義は、我々の古代の親戚が150万年近く前に、少なくとも時折、他の死者を潜在的な食糧源とみなしていたかもしれない、ということです」とポビナー氏はメールで説明した。

さらに彼女は、それ以前の時代の南アフリカのホミニンの頭蓋骨〈Stw 53〉も、頬骨に屠殺の可能性のある痕跡が確認されたが、彼女のチームがKNM-ER 741に発見した痕跡は、化石記録における「最古の肉を削ぎ落とした痕跡」だと指摘する。また、ポビナー氏は、2018年の論文でStw 53の傷が踏みつけられた跡にも解釈できると指摘されたことを付け加え、その起源に疑問を投げかけるとともに、KNM-ER 741の傷跡が屠殺の証拠であることはほぼ確実だと語った。

確かに脛骨の切り傷は非常に独特なもので、ポビナー氏が2017年7月にケニア国立博物館で見つけたとき、すぐに目に留まったという。彼女はこの時代に人類の近縁種が狩り、殺していた可能性のあるサーベルに似た歯を持つネコ科動物など、肉食動物による傷を調べる過程で、同博物館のホミニンの化石を調査していた。  

KNM-ER 741には大きなネコ科動物による咬み傷が数ヶ所確認されたが、並行な直線も数本残されていて、後者は石器によってつけられたものである可能性が高い。この切り傷は脛骨に付着しているふくらはぎの筋肉に沿って伸びていて、肉を削ぎ落としやすい場所だ。

「これまで切り傷のある動物の骨の化石を数百個調べてきましたが、ホミニンの骨の化石は今回が初めてで、おそらく肉食動物の咬み痕が見つかるだろうと予想していました」とポビナー氏は回想する。「この切り傷を見た瞬間、すぐにそれが何かわかりました。『うわ、まさかこんなものが残っているとは!』とびっくりしました」

標本に感銘を受けたポビナー氏は、本論文の共同執筆者でコロラド州立大学で初期ホミニンの摂食行動を研究する古人類学者のマイケル・パンテ(Michael Pante)に、化石の情報を一切共有することなく、切り傷から取った型を送った。実験で骨につけられた900近くの傷痕の比較分析のあと、パンテ氏はこの線が死骸から石器で肉を切り離している最中につけられたものである可能性が高いと結論づけた。

研究者たちは、殺された個体の死骸が栄養源になっていた可能性はあるものの、今回のケースを明確なカニバリズム(人肉食)であるとは考えていない。その理由のひとつは、食べた種と食べられた種が明らかになっていないためだ。ひとつの種が共食いをすればカニバリズムとみなされるが、ホミニンが折りに触れて同じ種や近縁種の肉を食していたとすれば、それは〈アントロポファジー〉というより広義の行動に分類される。

元々1970年に古人類学者メアリー・リーキーによって発見されたKNM-ER 741は、パラントロプス・ボイセイまたはホモ・エレクトスのものだと考えられてきたが、その正体はいまだに謎に包まれている。どのホミニン種が食肉処理の痕跡を残したのかも明らかになっていないため、今回のケースがカニバリズムだとは断言できないものの、アントロポファジーの証拠は暗示されている。

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「ライオンの行動の変動性と、ホミニンの脛骨の化石に残された切り傷と歯の痕を踏まえると、この個体の死の原因──たとえそれが草食動物であっても──を推測することは不可能だ」とチームは論文中で述べる。「しかし、脛骨後部という切り傷の位置から、切り傷がつけられたときにはまだ死骸に肉が残っていたと推測される」

つまり、ネコ科動物は145万年前にこのホミニンを捕食したかもしれないが、他のホミニンに追い払われ、そのホミニンが完食した可能性があるということだ。それとは逆に、歯の痕と切り傷がつけられた順番が逆で、別のホミニンが先にこのホミニンに食肉処理を施し、その後にネコ科動物が死骸の残りをあさった可能性もある。

これらのむごい傷痕の全貌は、この先も明らかになることはないだろう。しかし、この前例のない古代の食肉処理の証拠は、私たち人間の祖先が暮らしていたはるか昔の世界に関する新たな手がかりをもたらした。また、実地で新たな化石を発掘することが全てではなく、博物館に収蔵された既知の標本からも多くの発見が可能だということが、今一度証明された。

「博物館の収蔵品に立ち帰り、他のホミニンの化石を再調査して食肉処理の痕跡を探せば、この行動がどれほど広まっていたのかを知る手がかりになるでしょう」とポビナー氏は結論づけた。「今回と同じ方法でStw 53の傷痕を調査すれば、この論文を足がかりにして、すばらしい成果が得られるはずです」