高級チョコレート界に、マストブラザースのような逸材はなかなか現れない。ギラーの情報源によると、マストブラザーズが創業当初に販売していたチョコレートのほとんどは、彼らが謳う「ビーントゥバー」ではなく、市販のチョコレート・ベース、トッピング用チョコソースを溶かして製造されていたそうだ。結局、マイクロソフト社のウェブ・マガジン『Slate』が、マストブラザースに向けられたチョコ業界の悪評を世間に知らしめたものの、誰もが納得する証拠が提示されていたわけではなかった。ちなみに、「ビーントゥバー」とは、カカオ豆が板チョコになるまでの全ての工程を自社で処理する、チョコレート製造スタイルだ。2015年12月、テキサス州ダラス在住のフードブロガー、スコット・クレイグ(Scott Craig)が、自身のブログで『マスト兄弟:髭に隠された嘘(Mast Brothers: What Lies Behind the Beards)』という調査記事を4回にわたり公開した。その記事でクレイグは、「ビーントゥバー」へのこだわりを強調するマスト・ブラザースの言い分を入念に検証したうえで、彼らをペテン師だ、と結論づけた。マストブラザーズの共同創業者であり、CEOのリック・マストに対し、広報担当者を通じて何度もインタビューを申し込んだが、拒否された。マストはオンライン上で、クレイグの記事に対して「根拠がなく、誤解を招く恐れがある」と反論している。「マストブラザースは100%『ビーントゥバー』チョコレート・メーカーです」とマストは断言している。「多くのお客様にご愛顧賜っております弊社のチョコレートは、創業以来…中略…カカオ豆からチョコレートを製造していますので、弊社に対する申し立てや中傷は誤りです…中略…。創業当初、弊社が製造するチョコレートの全てが豆選びから始まっている、と皆様にお知らせしたことはありませんが、『ビーントゥーバー』チョコレート・メーカーを標榜してきました。事実、弊社のチョコレート製造は豆選びから始まりますので、『ビーントゥバー』チョコレート・メーカーの名に恥じることはありません」とはいえ、他にも反発があった。ナショナル・パブリック・ラジオが運営するウェブメディアには、「マストブラザーズのチョコレートが好きなヤツらは間抜けだ」と題する記事が掲載され、ニューヨークの食文化、レストランを紹介するGrub Streetは、「論争の影響で消費者がマストブラザースのチョコレートを直営店に返品する騒動が起きており、直営店の売り上げは最大66%低下した」と報じた。これに対して、マストブラザーズは、グループ全体の売り上げは伸びている、と主張した。高級チョコレートにまつわる議論は、マストブラザースの一件にとどまらない。産業全体として、チョコレートの適正価格が問われている。本来、高級チョコレートの価格が10ドル(約1,150円)で落ち着いているのが異常なのだ。小売価格はもっと高いはずだ。2007年、「クラフト・チョコレート」メーカーは10社に満たなかった。今日、その数は200近く、そのうち約60メーカーが「ビーントゥバー」を謳っている。クラフト・チョコレートは、大量生産のそれとは全く別物だ。アメリカ食品医薬局(the US Food and Drug Administration)によるチョコレートの定義は、少なくとも10%のカカオを含んでいる、とのこと。ハーシーのミルク・チョコレートのカカオ含有率は11%。それに対して、クラフト・チョコレートは、通常、60%以上のカカオを含んでいる。
「市場構造は、安さを追求するあまり、生産地、生産者の都合を顧みずに成立してしまっている」。チョコレート・ガレージ(The Chocolate Garage)の創業者、CEOのサニータ・デ・トレル(Sunita de Tourreil)は指摘する。「児童労働問題は悪化する一方だ」2001年、米国上院議員トム・ハーキン(Tom Harkin)、下院議員エリオット・エンゲル(Eliot Engel)、チョコレート製造業者協会は、カカオ原産国の児童労働問題をなくすために、「ハーキン・エンゲル議定書」を締結し、2005年までに「最悪な形態の児童労働」を根絶する旨を宣言したが、期限までに実現しなかったため、この議定書は延長された。それでも議定書は効力を発揮しなかったため、2010年には、「ハーキン・エンゲル議定書の遂行を目指す共同行動宣言ん」が採択された。チョコレート製造業組合(Chocolate Manufactures Association)のラリー・グラハム(Larry Graham)は、当時、「カカオがどこから来たのか、カカオの製造が環境へどのように影響するのか、カカオの製造に関わった人々がどのような扱いを受けてきたのか、常に気を配らなければならない。そうすることで、チョコレート産業は変革される」と語っていた。しかし、アメリカ合衆国労働省(the US Department of Labor)が研究費を援助 するトゥーレーン大学の公衆衛生・熱帯医学研究所(School of Public Health and Tropical Medicine)が2015年6月に発表した報告によると、2001年以降、カカオ農家の児童労働は18%も増加しているそうだ。それとともに、カカオ農民の高齢化は深刻だ。コートジボワールのカカオ農民の平均年齢は51歳。世界保健機構(World Health Organization)によると、コートジボワール男性の平均寿命は52.5歳。つまり、老農民には後継者がおらず、将来的に労働力は不足し、奴隷労働者を増やさざるを得ないのである。***コリン・ガスコ(Colin Gasko)は、2007年以来、「ビーントゥバー」にこだわり、クラフト・チョコレートを製造し、世界有数の「ビーントゥバー」チョコレート・メーカーとして知られている。彼は、マサチューセッツ州で「ローグ・チョコラティエ」を、ガールフレンドのサポートを頼みに、従業員を雇わず経営している。ガスコは現在20歳で、2015年のインターナショナル・チョコレート・アワーズ主催の国際コンクールで金賞を受賞。彼は、チョコレート産業におけるカカオの取引価格問題は氷山の一角に過ぎない、と語る。「価格はもっと、もっと高くするべきだが、そう簡単な話でもない」カカオの取引価格が保証されれば、カカオ農家は安定した収入を得られるようになる。しかしその結果、低品質のカカオが市場に流通する恐れがある、とガスコは懸念する。それに対して、大手チョコレート・メーカーは、収穫効率の良いカカオ品種を開発すれば、あらゆる問題を解決できる、と主張している。ガスコは、「大手メーカーは病気になりにくい、収穫率の良い品種を開発すればいい、と考えているようだが、カカオの香りを重視しなければならない」との意見を持っている。「カカオの遺伝的多様性を保護する方法も開発しなければならない。そこで問題になるのは、どの種を保護すべきか、私たちが理解していないことだ」と続けた。