なぜアルコールの研究はこれほど矛盾するのか?

アルコールは体にいいという研究結果が発表されるたびに、正反対の結果を訴える論文が現れる。
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Photo: Hitoshi Nishimura

アルコールが毒だということは誰でも知っている。だからこそ飲酒は楽しいのだ。文明が始まって以来──もしくはもし我々の祖先が700万〜2100万年前頃にアルコールを分解する能力を身につけていったとするならば、もっと前から──人類はずっとアルコールの危険性を心に留めながら酒を飲んできた。適度に飲んだり、飲み過ぎたり、ひとりで飲んだり、友人や家族、時には見知らぬ相手と飲む。私たちはずっとその結果──ハメを外しすぎる、二日酔い、アルコール依存症の長期的な影響──を承知のうえで飲み続けてきたのだ。

飲酒には数千年の歴史があるにもかかわらず、次から次へと新たな研究が登場し続けている。最近の論文では、少量のアルコールの摂取は寿命を縮めることと、反対に寿命を延ばすことが明らかになった。私たちはかなり長い間このゲームに興じてきた。なぜアルコールをめぐる科学的状況は絶えず変わり続けるのか。ありていに言えば、結局のところ、誰もこの物質のことを理解していないのだ。にもかかわらず、飲みたがるのだから困ったものだ。

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大量のアルコール研究のなかで、『Journal of the American College of Cardiology』2023年6月号に掲載された論文は、アルコールに関する無数の考えを混乱させると同時に、それらの根拠を導き出した。この論文によれば、アルコールは脳内の即時的なストレスを軽減させる(今さら?)だけでなく、軽度から中程度のアルコール摂取は、心臓病のリスク軽減と相互に関連付けられる長期的なストレス軽減につながるという。これこそアルコールの勝利ではないか? 残念ながら、完全にそうとは言い切れない。同じ研究で、アルコールは摂取量にかかわらず、がんの発症リスクを高め、週に14杯以上の飲酒は心臓病のリスクを高めることも明らかになった。つまり、私たちは今一度、アルコールの影響について矛盾する答えを与えられたのだ。

「個人の栄養摂取の構成要素──例えば卵やチョコレートなど──に関する研究と同様に、アルコールの研究も大きな混乱を招く場合があります」と説明するのは、WebMDとMedscapeのチーフフィジシャンエディター、ネハ・パトハック(Neha Pathak)だ。彼女が説明するように、アルコールはさまざまながん、肝臓病、精神疾患、薬物乱用と相互に関連付けられる事実を裏付ける証拠は長年にわたって多数挙げられている。しかしその一方で、適度なアルコール摂取は健康にいいとする文化的信念も根強く続いてきた。例えば、過去10年で大きくもてはやされてきたいくつかの研究は、1日1杯の飲酒は完全な禁酒に比べ、より良い健康状態をもたらす、というものだ。

パトハックによれば、これらの信念は年々説得力を失っているという。「潜在的な効能や心臓の健康など、専門家が自信を持っていた分野に関しても根拠が曖昧になり、アルコールは心房細動などの不整脈のリスクを高めることもわかっています」と彼女は指摘する。つまり、アルコールは何らかの形でメリットをもたらすと訴えるあらゆる研究に対して、それとは真逆の結果を主張する研究が存在するということだ。私たちが事の真相にたどり着くためには、メリットとデメリットの両方が導き出される理由を正確に突き止めるために、さらに研究を重ねるしかない。「今研究者が注目していることは1) 安全な摂取量はあるのか、そして2) 少量の摂取が完全な禁酒よりも健康的になりうる状況はあるのか、ということです」と彼女は説明する。

私たちが事の真相にたどり着くためには、メリットとデメリットの両方が導き出される理由を正確に突き止めるために、さらに研究を重ねるしかない。

さらに、飲酒がストレスマネジメントや心臓の健康に役立つという情報は、少量の摂取が完全な禁酒よりも身体にいいということを裏付ける可能性があるものの、パトハックのアドバイスは一貫して変わらない。「私の経験則から言うと、今飲んでいないのなら始めないほうがいい、ということです。もしすでに飲酒しているなら量を減らし、健康的に長生きするために、飲酒量と頻度をきちんと管理してください」

しかし、そもそもなぜこれほど多くの研究が実施されているのだろう。理由のひとつは、アルコールに関連する市場の規模だ。米国の〈Brewers Association〉によれば、2022年のビール市場は全体で1154億ドル(約16兆5000億円)規模だった。一方2020年の依存症治療産業は420億ドル(約6兆円)で、この数字は増加の一途をたどっている。つまり、アルコール産業とアルコール依存症からの回復産業は巨額の利益を生み出すのだ。端的に言えば、アルコールはたくさんの人びとにダイレクトな影響を与えるということだ。「2021年の〈薬物使用と健康に関する全米調査(National Survey on Drug Use and Health)〉によれば、12歳以上の2億1920万人の人びと(この年齢層の78.3%)が一生のどこかで飲酒をすると報告されています」と依存症治療センター〈Mountainside Treatment Center〉のチーフメディカルオフィサー、ランドール・ドウェンガー(Randall Dwenger)は指摘する。

さらなる情報が明らかになれば、飲酒に関する科学はもっと発展し、メリットとデメリットを完全に区別し、100%健康的な製品をつくることができるようになるだろう。しかし、この欲求は、研究分野のテーマと飲み物の両方として、何がアルコールにこれほどの魅力をもたらしているのか、ということを浮き彫りにするだけだ。なぜ酒を飲むことが楽しいのか──なぜアルコールは気分を盛り上げ、人と人とのつながりを深めるのか──、その理由は数値では計れない。逆もまた然りで、他のライフスタイルの要因が関わってくる、軽度から中程度の飲酒が膵臓がんのリスクを高める確率も、数値化することは不可能だ。この分野の研究者にとって、数字は嘘をつかない。その他の私たちは、何世代にもわたってそうしてきたように、商売を続けるだけだ。データが何と言おうと、人類は酒に価値を見出し続けるのだから。